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Note No.6

小説置場

第一章 04

「まつりばやしがきこえる」

 あまりにも本気で怒っているので、俺はただびくびくしながらそれを聞いているしか出来ない。一体どうしてそこまで怒っているのかはわからないけど、真剣に呪いの言葉(たぶん)を延々吐いていることだけはわかる。先生の説教にも負けないレベルでひたすらぶつくさ言っていて、途切れる気配がない。どうすればいいんだ、としばらく戸惑っていたけど、他の二人は全く気にしていない。成島はいたっていつも通りの調子で口を開く。
「うわー。外、もう暗いねぇ」
 つられるように、ほとんど反射で窓の外を見てしまった。空はまだ青みを残しているものの、ほとんど黒に近い。さらに、ほんのりと外灯は点いているみたいだけど、あまり意味がない。あるはずの光を、濃い暗闇が追い払う。校庭も周りの木もフェンスも、フェンスの向こうにある雑木林も、道路も電柱も、溶け合って混ざり合って、一つの大きな影だった。影絵が張り巡らされているみたいだ。
 見ていられなくてすぐに視線を逸らしても、光景は焼き付いてしまった。その上、窓一枚隔てた世界は音を取り戻していた。さっきまで全然動かなかったのが嘘みたいに、耳を澄まさなくても、はっきりとお囃子が聞こえてくる。かすかでも確かに、笛の音や太鼓の音が、耳を打つ。風まで出てきたのか、なぶられて景色が揺れている。あれはきっと雑木林なんだろう。ざわざわと鳴り、真っ黒いものが蠢いている。大きな影が揺れている。かすかに聞こえるお囃子は、誰かの悲鳴みたいだった。
「……えーと、それじゃ、どうしようか……」
 黙っていると外を意識してしまうから、引き剥がすように無理やり口を開いた。成島が「……んー、今何時だろうねぇ……」と、天井に近い位置にある壁時計へ目をやる。
「……七時くらいかな?」
 言われて見てみると、確かにそれくらいの時間らしい。闇に目が慣れてきたことと、申し訳程度ながら一応ある外灯、それから天気はいいらしく、ぎりぎり差し込む月の光で、どうにか時計を読むことは出来た。それぞれの顔もわかるし、完全な暗闇じゃなくてよかった。
 しかし、時間を確認したらヒヤリ、とする。七時か……まだ行けるかな、怒られるかな。いくら祭りって言ってもあんまり遅いとマズイかも……。ちょっと考え込んでいたら、いつの間にか先生への呪いを止めていた仁羽がつぶやいた。
「……職員室前の公衆電話……は故障中か。くそ、直しとけよな……」
 自分の疑問に自分で答える。口の中で何やらぶつぶつ言っているのは、たぶん、休み中に直すことにした校長辺りへの呪いだろう。
「……そうだ、携帯がある。お前ら持ってねえのか?」
 不意に仁羽が言った。名案だ、という言葉の響きに、ついに仁羽がおかしくなった、と思った。それは他の二人も同じだったらしく、生ぬるい目をして仁羽を見る。視線に気づいた仁羽は苛立ちながら言葉をつなぐ。
「馬鹿、違う。携帯あれば、最悪明かりになる。学校中圏外だってことくらい知ってる」
 小さい明かりでも、やっぱりないよりはマシかなぁ、と考えていたら、成島は別の所に食いついた。
「あ、でもねー。技術室の前のトイレは、ぎりぎり電波入るんだってー」
「……本当か? 入ったことねぇぞ」
「さあ? 噂だし」
「噂かよ……」
 そのテの噂はちょくちょく出てくる。一の三は電波が入るとか(やたら一年三組に客が増えた)、家庭科室の前ならメールは出来るとか(用もないのにうろうろするヤツ多発)、いろいろだ。本当だったことないけど。
 学校に携帯電話は持ってきちゃいけないことになっているけど、うちの学校の電波状況の悪さは異常で、校則よりもよっぽど効果がある。だって、学校ではメールも出来なきゃ電話も出来ない、外部との接続は不可能。半分くらいの人は時計代わりとか暇つぶしのゲームだとか、持ってないと不安だとかで持ってきてはいるけど。
「こんな山間に作るから間違ってんだよなー」
 きっと周りを山とか山とかに囲まれてるから電波が入ってこないんだ。携帯さえ通じれば、こんな状況すぐ終わるのに。でも、ほとんど同じ条件の小学校には電波が入るという話は聞いたことがあるので、そもそもこの学校自体が電波を跳ね返す何かを装備しているのかもしれない……。
「土地代安いんだろ」
 仁羽が学校指定の鞄を探りながら、そっけなく返す。成島はズボンのポケットから、遠山は鞄から携帯電話を取り出す。俺は持ってきてない。それぞれの携帯が目の前に出されて、仁羽が「三つだな」と確認した。成島の携帯には、青色のうさぎのあみぐるみがぶら下がっていたけど、誰もつっこまない。
「遠山の携帯、すごい色だねぇ」
 それぞれの携帯電話を眺めていた成島が、つくづく感心した風につぶやいた。確かに遠山の携帯は予想外だった。シンプルなデザインで、ストラップもないあたりはイメージ通りだけど、蛍光塗料みたいなどぎついピンク色をしているのだ。今現在発光してないのが逆に不思議。そんな色の携帯、この世にあったんですねって感じだ。
「こういう色好きなんだな」
 意外な一面というヤツだ、と思いつつ言うと首をひねりながら「いや……別に……。好きっていうよりは……苦手……?」と答えた。どうしてわざわざ苦手な色を選ぶんだ。遠山の思考回路が理解出来ない。一体どういう経緯があったんだろう……と思っていたら成島が言った。
「園田は携帯持って来てないんだね」
 何か意外ー、という言葉に、俺は曖昧に笑った。適当にごまかそう。
「うん、別に学校にいれば大体のヤツとは会えるからさ。メールするより、会ったほうが早いじゃん」
 んー、それもそうだねぇ、と成島がうなずいた。それ以上は興味がないらしく遠山の方を向いたので、とりあえずよかった、と胸を撫で下ろす。
「あ、仁羽もアドレス交換しよー。何が起きるかわかんないしー、緊急用」
 さっさと遠山とアドレス交換し始めた成島が言う。仁羽は何をのんきに、て顔だけど「緊急」という言葉に反応していた。
「もしかしたら、本当にどこかで電波が入るかもしれないし、そしたら連絡取れないと困るでしょ?」
 ね、と言って成島は仁羽に携帯を差し出した。数秒考えてから、交換だけなら害はないと踏んだらしい仁羽はアドレスを交換する。ついでに、ちゃっかり遠山も交換に参加している。俺はその風景をぼんやりと眺めているしかない。けれど、早々にアドレスを交換し終えた成島が言った。
「携帯ないんだから、園田は一人になったらだめだからねー」
 僕か、遠山か、仁羽と一緒にいるんだよ、とやたら真剣な顔をして言う。成島がマトモに見えた。
「あ、あとねー。はい、僕のアドレスと番号。一応渡しとくね、何かあるかもだから」
 成島は言いながら鞄を引っ掻き回し、手のひらサイズの紙を取り出すと手早く書きつけ、俺に渡した。満面の笑みとともに。当たり前みたいに。
 何かってなんだ、とか。万が一そういう事態に出くわしたら、電話する前に逃げるよ、とか。思わなくはなかったのに、ほとんど無意識で目の前に差し出された紙を受け取ってしまった。窓へ向けてどうにか読み取ると、小さい文字が紙の真ん中に書かれている。
 机の上に置きっぱなしの携帯電話を思い出した。クラスというか、たぶん学年のほとんどのアドレスと番号が登録されている。みんな俺から教えてもらった。
「……ありがと」
 アドレスに視線を落としながらつぶやいた言葉は小さい。慌てていつもみたいに明るい声で、次の質問を探した。
「……アドレスにメノウ様、入ってないんだ」
 絶対入ってると思ってたのに、なかった。顔を上げると成島が待ってました! と言わんばかりの笑顔で答える。
「A、G、A、T、E、がそう」
 やっぱりいるのかよ。思って再び目を落とすと、突然紙が奪われた。仁羽がひったくるように持っていって、机に広げる。右手にはいつの間にかペンが握られていた。
「俺のも書いといてやるよ」
 偉そうに言うと、携帯の明かりを頼りによどみなくさらさらと書きつける。ペンを置いたところで、今度は遠山が仁羽に手を差し出した。一瞬その手を眺めてから意味を理解したのか、紙を渡す。やはりためらうことなく、遠山はさらさらと記していく。そして眠そうな顔のままで、紙を俺に向ける。
 お礼を言って、戻ってきた紙を両手で受け取る。三人分のアドレスと、電話番号。真ん中の小さい文字が成島で、その上の細長くて角ばってるのが仁羽、余白はまだあるのに、一番下のぎりぎりに、細かく書いてあるのが遠山だ。紙を目の前にかざすようにして、アドレスを眺めている。俺が言う前に、教えてもらった。聞くより早く、教えてくれた。放っておくと笑い出しそうだったから。
「……仁羽の誕生日って十一月二十七日なんだな。アドレスに入れとくとバレるぞ?」
 誕生日なんて前から知ってるけど、今気づいたみたいな得意そうな顔で仁羽を見た。これなら笑ってても平気だ。
「あ、それ僕も思ったー。個人情報漏れてるよねー」
 はしゃぎながら成島が言うと、仁羽は刺々しい口調で「別にいいんだよ、俺のアドレス知ってるやつなんて、親戚しかいねぇから」とあっさり言い切る。俺は黙ってしまうけど、成島は淡々とその言葉を受けた。
「あ、それはそうかもー。僕も、電話帳空きばっかりだもん」
「だろ。あんなメモリ要らねえっつの」
「その分、別のトコに回してほしいよねー」
 言い合う様子を見ていたら、家にある携帯電話のことを思い出してしまう。電話帳に登録してある人数なんて、確認するのも面倒くさい。クラス替えのたび、知り合いが増えるたび、俺の電話帳のメモリは減っていく。だけど、家に置いてきたって問題なんかない。
「……じゃあソレが懐中電灯の代わりになるんだからな」
 まとめるように仁羽が言うと、遠山が「懐中電灯……」とつぶやいて、首をひねる。何なのかと三人で眺めていると、しばらくしてぽんと手を打った。
「確か……。準備室の……棚の中に……懐中電灯あった気がする……」
 その言葉に、俺たちはざわめいた。暗闇がじわじわ迫ってくる中、懐中電灯があるのは心強い。
「よく知ってるねー、遠山!」
「俺だってそうそう入らねえぞ、準備室なんて」
「あ、もしかして常連? だから入るとか?」
「……よく延滞するから、準備室で叱られるだけ……」
 そっちの常習者か。遠山は重そうな動作で何かしらうなずいている。自分の役目は終えたといわんばかりで、その内眠ってしまいそうだ。ありえる。
「……えーと……こういう事情なら、借りてっても平気だよね」
 成島がとりなすように言い、歩き出す。俺たちも続いて、図書室と準備室をつなぐ扉に手をかけた。難なく開いて、安堵の息を吐く。
 手探りで壁ぎわの棚をあさると、明かりの点く懐中電灯を二本見つけた。壁に浮かぶしっかりした光を見ていると落ち着ける。外から降りそそぐ月の光や、心細い外灯より、手元にある明かりの方が信用出来る気がした。
 懐中電灯を手に入れたのが嬉しいのか、成島が振り回して遊んでいる。電池が減る! と仁羽が叱って取り上げようとするけど、成島は構わない。それを見ていたら、遠山がきょろきょろし始めたのに気づいた。
「何、どーしたの。遠山」
 また何かを発見したのかもしれない、と聞くと成島と仁羽も気がついたらしい。いつの間にか始まっていた、鞄による攻防戦を取り止めると遠山を見る。相変わらず眠そうな顔のまま、遠山は俺の質問に答えた。
「うん……。準備室の扉って、中から鍵開けられるんだよね……」
 瞬間。準備室から廊下へ通じる扉を見る。成島が照らしたドアノブには、見慣れた鍵のつまみがついていた。それから振り返り、遠山を見る。寝惚けた顔をしている遠山に向かって、俺たちは声をそろえて叫んだ。
「それを早く言え!!」