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Note No.6

小説置場

第二章 01

 廊下は、ほの暗い世界へつながっていた。窓からぼんやり光がさしこんではいるものの、一番奥はよく見えない。風の音もお囃子も虫の声も遠くて、静寂が横たわる。
 進む気が起きなくて黙って突っ立っていたけど、それじゃらちがあかないから、静かに押し付け合いが始まる。
「……成島、お前、先行け」
「なんでー?」
「お前懐中電灯持ってんだろ」
「仁羽もでしょ」
 成島が答えると、仁羽は無言で懐中電灯を俺に押し付けた。
「え、ちょ、仁羽!」
「じゃあ園田行け」
「行けじゃないよ! ひどいひどい遠山パス!」
「……」
 懐中電灯を受け取った遠山は、無言でそれを成島に差し出した。そのままぼんやりとした雰囲気で、「成島にはメノウ様がついてるから平気だよ……」とつぶやく。
「そうそう! メノウ様のパワーなら大丈夫! きっと平気!」
「メノウ様を信じろ成島」
 便乗してメノウ様をまつりあげる俺たちに、成島は「信じてるけど、メノウ様は悪霊退散とか出来ないから。そういうのは担当じゃないんだもん」と答えた。いやきっとメノウ様は担当なんて超越出来る!
「別に僕が先頭でもいいけどさー」
 一通り俺たちの言葉を聞いてから、成島はあっさり言った。押しつけられてる気がするー、と言いつつも懐中電灯を手に持ち、歩き出そうとする。しかし、その前に思いついた顔で振り返った。
「でも、こういう場合って、一番後ろの人間の方が、知らない間に消えてたりするよね」
 不吉な予言に俺たち(遠山はわからないけど)は固まる。ま、真ん中……! と思ったら、やっぱりのんびりした顔で成島は続ける。
「あ、でも。真ん中は真ん中で、前後から襲われたら二倍だもんね。もっとひどい目に遭うのかな」
 だったら先頭のが安全なのかなー、とか言う成島は、思った通りのことを言っているだけらしい。怖がらせようってわけじゃないみたいだけど、ある意味そっちの方が性質悪い気がする。仁羽が「ちょっと待て」と言って成島の肩をつかんだので、結局振り出しに戻った。
「……大体、進む方向があっちだから気乗りしないんだよなー」
 言いながら、廊下の先を指す。暗闇がたまっているせいで見通せない。見えているならまだしも、何も見えない方向では進む気が起きないというか、積極的に行きたくない。
「なんでさー、図書室側に階段ないんだろうねぇ?」
 成島の言葉に大いにうなずいた。こっちに階段があれば、最短距離で移動出来る。奥まで行かなきゃ階段がないなんてひどい。だからこんな先頭で揉めているわけで……そんなことを思ってたら、成島が思いついた顔で言う。
「もうさー、この際じゃんけんで決めればいいんじゃない?」
「いや、それはちょっとどうかと思うぞ」
「一番公平だよー。もう面倒くさいし」
 仁羽が文句を言うけど、成島は気にしないで言い募る。確かに俺もそろそろ面倒だった。だってさっきから、準備室の前から一メートルも動いてない。
「ねー、じゃんけんでいいでしょ、園田」
「あ、うん。いいんじゃない」
 いつまでもこうしてるわけには行かないし、それが一番いいだろう。思って賛成すれば、仁羽が強い調子で遠山はどうなんだ、と尋ねる。すると、いくらか沈黙を流してからつぶやいた。
「……横に並んで歩けば……?」


****

 遠山の意見を採用した俺たちは、横一列に並んでいる。一番右、窓側から成島・俺・仁羽・遠山の順番だ。懐中電灯は両脇の成島と遠山が持っている。
 最上階の四階には、図書室以外にも音楽室とかそれぞれの準備室とか、生徒会室とかの特別教室が多い。そういう特別教室の前にある廊下は、どういうわけか窓は小さいし、音楽準備室なんてトイレの前にあるもんだから、窓すらない。すっかり暗くなった今、懐中電灯は手放せない。
「でさー、俺たちは一体どこに向かってんの?」
 とりあえず図書室からは出られたものの、そういえば学校からはどうやって出るんだろう。思って疑問を口にすると、成島と遠山が答える。
「……一階まで下りてみたらいいんじゃない?」
「鍵かけ忘れてるかもしれないし、中から開くかもしれないし……」
 案でもあるのかと思ったら、ものすごく運任せだった。みんながきっちり仕事してたらどうする。その場合は果たしてどうすればいいんだろう、と考えていたら、成島が軽やかに「いざって時は、んー……ロッククライミング?」ととんでもないことを言ってのける。無理だ。
「窓開けてー、壁伝って下りるの。そうすれば出られるよ」
「無理無理! 素人がそういうことやったら駄目だから成島! 死ぬよ、人が死ぬ!」
 素人っていうか俺が死ぬ。壁伝いなんて、たとえ二階からだって絶対に嫌だ。怖すぎる。そんなことするくらいなら学校で一晩明かす。
「えー。でもメノウ様いるし」
「関係ないから! 絶対やらないからな! 忍者じゃないんだから死ぬわっ!」
「忍者かぁー。憧れちゃうねぇ」
 そんなアクロバットやらされるくらいなら、今のこの状況の方がはるかにマシだ、と思わず語気が荒くなる。だけど、俺の決意など全然気にせず、成島がぼんやりとつぶやく。その顔は惚けていて、つくづくめげないやつだった。
「こういう夜には……忍者が合うね……」
 思いがけず遠山も加わり、窓越しに空を見上げている。しかも、「月をバックに飛ぶ忍者っていいと思うなぁ!」と成島が言い出せば、遠山も「同感……」なんて言っている。あれ、何かこの二人話が合ってる……同じ空気を感じる……。
 お囃子をかすかに聞きつつ、成島と遠山の話を聞くともなしに聞いているのだけど。てんでばらばらの方向に進んでいく話は、着地点が全く見えない。というか、どうやってつながっているのかも謎だ。二人の会話は、ボケしかいない漫才みたいだった。俺だけじゃ突っ込みきれるわけがない。
「……仁羽!」
 ツッコミはお前の役目だ、と隣の仁羽を見たところで気づいた。そういえばこいつ、さっきから全然しゃべってなくないか……?
「な、何だよ」
 視線に気づいた仁羽は、微妙に上ずった声で答える。眼鏡越しの目も揺れているみたいだし、顔も白い。月の光のせいだけではないような気がする。思わず名前を呼んだら、「何だよ」と眉間にしわを刻んで聞き返してくる。不機嫌みたいだけど、それともちょっと違う気がする……。
「いや……あの、ツッコミは仁羽の役目だから放棄しないでね」
「はあ、何だそれ」
「ねー、二人ともどう思う!?」
 仁羽に事情を説明しようとしたところで、俺たちの頭上を通り越して交わされていた会話が、こっちにも降りかかってきた。きちんと聞いていなかったので、今の話題がわからない。
「えーと、何が? 何の話?」
「あのね、月の光はしみじみするよねって言ったら、遠山はちょっと不気味って言うんだよ。そんなことないよね?」
 電波な話だったらどうしよう、と思ったけど、質問の中身は理解出来る感じだった。思わず窓の外を見る。月の姿は見えないけど、ぼんやりした光は目に入る。
「……俺は、まあ。不気味とは思わないし、安心する……かな」
 静かにふる、冷たい光り。太陽のように激しくはないけれど、星より確かな光が届く。普段は全然気にしてなくて、月の光なんてあってもないようなものだった。だけど光が手元の懐中電灯と、心細い外灯しかない今の状況だと、月の光も充分ありがたい。弱々しくも思えるけど、それを見ると何となく休まる気がした。成島は俺の返答にでしょー、と笑った。けれど仁羽は、青白い顔で気味悪い、と答える。遠山が無表情でうなずく。
「大体月は陰気なんだよ。ローマ神話に出てくる、月の女神ルナってのが語源になってるlunaticなんて単語は、精神異常とか狂人って意味なんだからな」
 例えがいちいちインテリなのが仁羽らしい。遠山は、仁羽の言葉を受けるように淡々と言った。
「それに……狼男だって、月を見ると変身しちゃうし……。おかしくさせる作用があるよね……」
 眠そうにしている目がわずかに開かれて、きゅっと下がった。どうやら笑顔のようだけど、楽しげには見えない。青白い顔の所為かやたらと薄暗く見える。遠山の笑顔なんてレアのはずだけど、邪悪すぎてあんまり嬉しくない。
「うーん……そうなのかなあ……」
 成島が納得しきれない顔で唇を尖らす。それから窓の外を見ると、静かな調子で言った。
「お月さま見てるとしみじみするけどなぁ。生き別れのお姉ちゃん思い出すし……」
 しんみりとした調子で言うから、三人とも黙った。月を探す成島の表情はどこか寂しげで、声をかけにくい。家族関係は詳しくないからよく知らないし、どうすればいいかわからない。慰めるのもなんか変だし、笑い飛ばすのもどうかって感じだし、と思っていたら、仁羽がいくぶん強い調子で言い放った。
「お前……、嘘吐くなよ」
 真っ直ぐかけられた言葉に、成島が仁羽を見た。不思議そうな顔だった。仁羽が続ける。
「お前姉貴いるだろ。一緒に住んでるって言ってただろうが」
 この前見たぞ、とか言うので、おお、と思った。他人に興味なさそうな仁羽なのに、なんで成島のお姉さんの顔わかるんだろう。思わず仁羽を見たら、俺の視線に気づいたらしい。仁羽は少しこっちを見てから答えを口にした。
「六年の運動会の時、来てただろう。結構年離れたのが、弁当届けに。その時顔見たから知ってる」
 なるほど、あれか。美人なお姉さんが、弁当忘れた成島に届けに来てたっけ。あの成島の姉ちゃんということで、みんなで野次馬しに行った。随分年離れてるなーって思ったんだ。てっきりあのお姉さんが家を出ちゃったもんかと。
「あの時、もう社会人だけど実家から通ってるって言ってただろう。今もそうなんだろ」
 つい最近見たらしく、「どこが生き別れだよ」と続ける。成島は一瞬無表情になってから、うわあ、と叫んだ。お姉ちゃんの顔よく覚えてたねぇ、と続いた言葉は満面の笑みと一緒だったから、どうやら本気で感心しているらしい。
「すごいねぇ、仁羽」
 お姉ちゃんのこと覚えててくれたんだねぇ、メノウ様、とぴんくのあみぐるみに話しかける。否定しないし、どうやら本当にお姉さんは一緒に住んでいる模様。にしても、メノウ様いつの間に取り出してたんだ、気づかなかった。
「まさか覚えてるとは思わなかったよー」
確かに俺も、姉ちゃんがいるとか、美人だったとか、成島と違ってマトモだったのは覚えてるけど、顔は曖昧なので見かけても確信は持てないかもしれないのに。どうやら仁羽は、興味とかじゃなく単に記憶力が良いらしい。
「よく覚えてんな仁羽……」
 しみじみ言ったけど、仁羽は何も言わなかった。というより俺の台詞に気づいてないみたいだった。成島ぴんくのあみぐるみを持ったまま、うんうんうなずいている。
「ねー、僕もびっくりだよ」
 呑気にそんな相槌を打つ様子を横目で見ながら、なんでまた「生き別れ」なんて言ったんだろう、と思った。成島の口ぶりからすると、お姉さんはまだ家にいるみたいなのに。それに、あの時の横顔は本当に寂しそうに見えたのに。やっぱりあれは月の光効果かな、と思って成島の顔をもう一度よく見ようとしたら、突然視界が暗くなった。立ち止まって、周りを見渡す。他の三人も止まったらしい。暗闇の中ぽっかり出来た懐中電灯の輪も止まっている。
「……トイレ……だね」
 丸い輪の一つが床をすべり、壁際を照らす。汚いプレートには「男子便所」と書かれていた。それを見て、やっとここがどこなのかを理解する。
「……ってことはここ、音楽準備室の前か」
「……そうみたいだねぇ」
 暗闇の中から返事がある、と思ったけどよく見ると、トイレの方がほんのり明るい。ドアにある小窓から光が漏れていて、完全な暗闇ってわけじゃなかった。
 だけど、もう片方の壁は音楽準備室だし、トイレはトイレで少し奥まった所にあるから、よけいに暗闇が濃く思える。その分、ほんのりした光が強く見えるけれど。
「……トイレがここにあるってことは、階段はすぐだね……」
 遠山がぼんやり口にした言葉に、さっさと先に進もうと思ったけど。トイレを目にしたら何だか行きたくなってしまった。そういえば、図書室に行く前にトイレに行ってから、全然行ってない。それに気づいたら、よけいに行きたくなって控え目に挙手をする。