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Note No.6

小説置場

第三章 02

 月の光が仁羽を照らす。美術室では中々不吉な気もしたけど、こうやってちゃんと生きてる人間なら、やっぱり月の光はきれいだなって思う。それから、そういう会話をしたことだって思い出す。ほんのついさっき、くだらない話を、四人でしてた。他の誰でもなく、俺たち四人で。
「でも、戻ろうよ」
 短く言えば、仁羽が渋い顔でうなずく。否定はしなかったし、さっさと歩き出すから、それが何よりもはっきりとした仁羽の答えだ。俺たちは、二人と合流するため美術室へ戻る。
「……でもさー、戻っていなかったらどうしよう」
「その時はその時だ。帰る」
「え、でも。もしかしたら河童に襲われていなくなっちゃったのかもよ……」
 瞬間、ものすごく爽やかな笑顔で「お前は俺を怖がらせるのがそんなに楽しいのか?」と言われた。
「そうじゃなくて! 単純に思ったことを言っただけ!」
「性質悪い!」
 拳骨で頭を殴られた。悪気はなかったのに、と唇をとがらせ、不満を示したら「アホ」とはねつけられる。容赦がないのは、暗い廊下にもだいぶ慣れてきたんだろう。そういえば懐中電灯ないのか、と思ったけど、月の光と外灯も、案外明るかった。
 半分近く廊下を疾走していたらしく、美術室は遠い。淡い光の中、だらだらと、こんな風にずっと歩いてきた気もしたけど、よく考えればたぶんたいした時間じゃない。そういえば、さっきの音って神輿が帰ってきた号砲じゃなかったっけ。やっぱり祭りは終わってしまったのか……。耳を澄ますと、空耳かもしれないけどお囃子が聞こえたような気がした。けれどそれは、前からやって来る足音ですぐにかき消える。一瞬身構えたけど、聞こえてきた声で誰なのかを悟って力を抜いた。
「あ、園田! 仁羽!」
「おー、成島」
 手を振ると振り返され、だだだっと距離を詰めてくる。どこ行ってたのー、と言われて口ごもったけど、黙っていても仕方がない。素直に逃げたことを謝れば、横で仁羽もごにょごにょと謝った。すると成島は、首をかしげてあっさり「うん? 別に良いよー」とうなずいた後、すぐさま顔色を変えて叫んだ。
「あ、それより大変なんだって! 遠山が怪我したんだよ!」
 予想外の言葉だった。何だって、と成島を見れば、仁羽も隣で止まっている。
「驚いたはずみで転んじゃったみたいなんだけど、何に驚いたのかはわからないんだよね……って、そういえば二人ともなんで逃げたの?」
 無邪気な笑顔だった。それを数秒眺めていたら、美術室に入ってからと準備室における数々の場面がよみがえってくる。そして、思い至った。
「あのさぁ……成島……?」
 名前を呼んだら、くりっと首を傾ける。だからそんなことしてもかわいくないんだって中二男子。
「準備室で、机の下から這い出してきたのって……成島?」
「そうそう! 美術室にあると思ってたんだけど、そういえば準備室の棚の下に隠しておいたんだよ。変な人に見られたら困るから!」
 満面の笑みで、楽しそうに成島が言う。そうですか、棚の下に入るには、机の下に潜らないと駄目ですよね……。うん、まあ成島小さいもんな、そりゃ影も小さいよな。
「えーと……準備室にある、白い布かかってるのって……?」
「おっきな鏡だよ? あ、さっき出てくる時布落としちゃったけど」
 ちょっと引っかけちゃって、とつぶやいた所で、仁羽が瞬時に成島を蹴り倒した。大きな衝撃に成島は床に倒れこんだけど、すぐに起き上がると仁羽にかみついた。
「何すんの!」
「それはこっちの台詞だ、この大馬鹿野郎」
 清々しい笑みを浮かべた仁羽の言葉にも、成島は頬を膨らませたままで、一体どうして蹴倒されたのかわかっていない。にらみ合いが続きそうだったので、「いやー……鏡に自分の影が映るタイミングが良すぎたんだよ」と声をかける。すると、意味を理解した成島の顔色が、さっと変わった。
「もしかして、二人が逃げたのって……僕の所為?」
 不安げな顔で振り返り、俺を見つめる。どう言えばいいのかわからず、困ったなと思いながら口を開く。
「えーと……、悪気があったわけじゃないし……別に成島の所為ってことでも、ないよ」
 特に驚かそうとしたわけじゃないことはわかった。真剣に探していた結果だし、勝手に驚いて逃げたのは俺たちの方だし、成島が悪いわけじゃない。
「……仁羽も怒ってないよな?」
 尋ねると、仁羽はぎこちなくうなずいた。成島の下がった眉に気づいたのか、蹴り倒して多少すっきりしたのかもしれない。
「……まあ、一種の肝だめしだと思ってさ。ほら、遠山まだ美術室だろ。待ってるかも」
 肝だめしで片付けられてたまるか、という顔を仁羽がしたけど、話が進まないので無視した。さくさくと進行させていく。それでも仁羽はぶつくさ「あいつのことだから自力でどっか行ってんじゃねぇのか」とか言うけど。自分が驚かした所為で怪我をしちゃったんだ、という顔をした成島が弱々しく返した。
「ううん。怪我したの足だから、たぶん動けないと思う……」
「……うん、さっさと行こう」
 空気がずーんとのしかかってきたので、せめてこれ以上は重くならないように会話を打ち切り、二人の背を押して準備室に戻る。
 部屋の真ん中に座っていた遠山は、入ってきた俺たちを見て不思議そうな顔をした。それからぼそりと「……戻ってきたんだ……」とか言うから、苦笑いで答える。
「いやー、戻り辛かったけど。でも戻りたくないわけじゃなかったし、そこまで薄情じゃないしー」
「……ごめんね、遠山……。僕が驚かせたせいで……」
 俺たちの会話をまったく気にしないで、成島がダッシュで遠山の傍に座る。しゅん、という感じにしょぼくれる成島。遠山は不思議そうな顔を崩さず、成島の言葉に耳を傾けている。
「僕が……驚かせちゃったから……、遠山怪我しちゃったんだよね……ごめんね……」
 遠山はその言葉に、怪訝そうな顔をして「……いや……別に……。そこまでひどくないから……」と続ける。成島はまだしょげているらしいけど、声に明るさが戻ってきた。
「ほんと? ほんとに平気?」
「うん……どうにか歩けると思う……。飛んだり跳ねたりは……無理だけど……」
 ちょい、と右足を動かしてみせるけど、遠山の顔に変化はない。普通に歩く分には問題ない、と言いたいらしい。成島が笑った。
「よかった! メノウ様のおかげかな!」
「うん……そうかもね……」
 真顔で遠山が同意した。その顔があんまり真剣だったから思わず笑ったら、仁羽がこっちを見た。強いまなざしについ感想が漏れる。
「……何かさ……メノウ様も中々ご利益あるかもしれないなって」
 ぴんくのあみぐるみを思い出す。馬鹿にされるかな、とも思ったけど、仁羽も笑った。否定せず唇の端に笑みが浮かんでいる。けれどすぐに真顔に戻ると、目の前で座り込んでいる二つの頭に声をかけた。
「おい。そろそろ行けるか?」
 ぴょん、と成島が立ち上がり、遠山に手を差しだした。その手を取って立ち上がろうとする遠山を見ていたら、床に散らばっていた鞄と懐中電灯に気づく。ああ、ここに置きっぱなしだったのか。忘れてたことすら忘れてた。
 それぞれが自分の鞄を回収して、歩き出す。遠山はひょこひょこ前へ進んでいて、その背に成島と仁羽が声をかける。
「ちゃんと歩ける? 無理したらだめだよー、いざって時は僕が肩かしてあげるからね!」
「……うん、平気……」
「無理すんなよ。癖になると面倒くせぇ」
「だから大丈夫……」
 俺は俺で「駄目になったら肩貸すし……おんぶでも抱っこでもしてやるから」と言ったら真顔で拒否された。冗談なのに。
 仁羽が先頭になり、成島が遠山を気遣いつつ俺が最後尾を歩いて準備室を通り抜け、見慣れた廊下に出る。少しだけ重い熱気を孕んでいた廊下は、青白い光に照らされてまっすぐ伸びている。
「遠山、本当に大丈夫か? 無理すんなよー」
「……まあ、どうにかなるでしょ……。おんぶと抱っこは勘弁だし……」
「あれは冗談だから! ていうか体格的に、一番背高い遠山を背負うとか無理だろう」
 だらだらと、さっきよりペースを落として廊下を歩く。何時なのかはわからないけど、そろそろ腹をくくるしかないと思う。見える景色は真っ暗だし、心なしか気温も下がってる気もするし、時間を確認したくない。成島は常に遠山に対して気を配っていて、ちょっとでも異変があったら即効で対応出来る体勢だった。仁羽は暗がりに文句も言わず、ただ歩いている。あまり会話はないけれど、話さなくてもいいような気がした。三人にとってはこんな風に無言でいることなんて、当たり前なのかもしれない。その無言の中に自分が混ざっているのは不思議だったけど、変ではないと思えた。
「……ちょっと休憩しよっか」
 水道の前に差しかかった時、不意に成島が声をあげる。遠山は「別に……」と言ったけど、俺も賛成、と手をあげた。だってさっきから、少しずつ遠山の歩くスピードが落ちている。痛みがあるのかもしれない。
 水道の真向かいにある教室の壁に背を預けて座ると、成島も隣に座り込む。文句を言うかと思った仁羽は成島の正面に座り、視線で遠山をうながした。一応考えたらしいけど、抵抗する気もないのか遠山はゆっくり俺の前に座った。沈黙が落ちる前に、仁羽が強い声で言う。
「遠山、足出してみろ」
「……そういう趣味が……?」
「どういう趣味だ。テメエの怪我の具合見るって言ってんだよ」
「…………」
 いらいら、と舌打ちしそうな態度でそう言う。成島も「うん、ちゃんと見た方がいいよね、やっぱり!」とうなずいた。遠山は口の中でモゴモゴ言ったみたいだけど、結局折れる。のろのろとした動作で足首を見せると、仁羽が足に触れる。全く反応しないのは、痛くないからなのかそれとも遠山だからなのか。
「……痛くねぇのかよ」
「……痛くないわけじゃないね……」
「はっきりしろよ……」
 呆れたような声で言いつつも、一応冷やしといた方がいいだろ、とつぶやく。真っ先に反応したのは成島で、じゃあハンカチ冷やすね! と叫んで、水に濡らして来ると「どうするの?」と問いかける。仁羽は難しい顔をして、一番はここで安静にすることだけどな、と漏らした。
「折れてるわけじゃねぇみたいだし、多少腫れてるくらいだからな。それなら、安静にして患部を冷やして、包帯かなんかで固定する」
 考え込むわけでもなく、目の前にある本を読んでいるような口ぶりだった。こんな時の対処法が、どうやら仁羽の頭には当然のように入っているらしかった。思わず手を叩いて褒めまくったら、成島も「仁羽ってすごいんだねぇ」とつぶやく。
「……何がだよ。これくらい常識だろうが」
 俺たちの言葉に、仁羽はぶっきらぼうに答えた。だけど、遠山の方に顔を向けたままだし、頑なにこっちを見ないし、ちょっと早口だし、もしかして照れてるのかな、と思った。
「すごいよなー、こういうのどこで覚えてくんの? あ、ボーイスカウトやってたからそれ? 似合わないけども」
「仁羽がいてよかったよねぇ。メノウ様は怪我しないからこういうことはわかんないし、お医者さんみたい」
「……後でちゃんと病院行けよ。万が一靭帯切れてたり折れてたりしたら面倒くせえ」
 俺は医者じゃねえからな、と真っ直ぐ遠山を見て言った。やっぱりこっちを見ないし耳が赤い気がしたけど、仁羽はつつかれたくないだろう。黙ってよう。遠山は眠そうな顔でうなずいているのかいないのかわからない。「聞いてんのかよ」と刺々しく言い放つけど、あんまり効果はなかった。仁羽はため息を吐いてから、冷やしたハンカチを足首に巻く。それから、俺たちの方を見て「何か包帯代わり持ってねえか」と聞くのでぶんぶんと首を振った。
「ないです。包帯の代わりになりそうなものは常備してないです」
「僕も持ってないよー。そのハンカチくらいしかないし。仁羽は?」
「持ってたら聞かねぇよ」
「遠山何かないの?」
 聞くと無言で鞄を差し出された。え、という顔をしたら「適当に見といて……」という返事。いいのか中開けても、と思ったけど本人がいいと言うし、周りも別に普通だし、というわけで薄い鞄を開いた。
 筆箱、蛍光ピンクの携帯電話、ノートが二冊、くちゃくちゃになったプリント類らしきものがいくつか、噛んだ後のガムとか飴玉の空き袋などが散らかり、鞄の奥にはポーチみたいなものが入っている。何だこれ、と思って取り出すと遠山が怪訝そうな顔をした。
 ピンク色をしたポーチには、日曜の朝にやってる子ども向けアニメのキャラクターがプリントされている。ふりふりした格好をして、カラフルな髪で、ステッキみたいなものを持っている女の子が三人。
「……これも開けていいの?」
 こくん、と遠山がうなずくので口を開けて中身を取り出した。出てくるのは、濃いピンク色をした手鏡だとか、リボンだとかキレイな色ガラスがはめ込まれたネックレスだとか指輪だとか。
「……」
 遠山が珍しく、大きく息を吐いた。はっきりした感情が出ているわけではないけれど、ちょっと顔をしかめている。えーと、と俺は口にする。これは一体どういうことなんでしょうか。仁羽と成島は予想外すぎたものの出現に、黙ったままだ。
「……はあ……。なんでこんな所に入ってるかな……」
 重苦しく息を吐きながらポーチに手を伸ばす。中身を詰め込むと、入れといて、と言って手渡しされる。当たり前のような顔でなかったことにする、というより遠山にとっては意外でもなんでもないらしい。
「……遠山の、なの?」
「まさか」
 意外すぎる一面だけど、ないこともないわけで、と思って聞いてみたらばっさり切り捨てられた。「俺こんなの興味ないよ……」と言うと、唇を噛む。
「……妹のだよ……」
 ぽつり、と落とされた言葉があんまり重かったから。無理やり吐き出すみたいで、ついさっきのことを思い出した。階段の途中で、成島は姉弟仲がいいんだね、と言った時のことを思い出す。遠山はあの時も、こんな顔をしていなかったっけ。
「……ないない、て騒いでると思ったら……。こんな所に入れて、自分で忘れたんだ……」
 だから勝手に部屋に入るなって言ってるのに……とこぼす様子は、呆れているのとも違っている。はっきり嫌っているわけじゃないけど、仕方ないなあって認めてるわけでもない。複雑に絡み合っている気がして、声をかけ辛い。だけどそんなこと意に介さない連中がここにはいるわけだった。