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Note No.6

小説置場

第三章 03

「まつりばやしがきこえる」

「遠山って妹いるんだね! いくつ?」
 明るく質問をするのは成島で、そこには完全なる好奇心しか存在しなかった。遠山も無視はせず、「小一?」と答える。
「わあ、それくらいなら可愛いねぇ。ちっちゃいもんねぇ」
 楽しそうに歓声をあげて、成島は言う。仁羽も「ああ……そんくらいだから、お前の部屋入ってモノでも隠すのか」と納得顔だった。俺は腹の底がむずむずする気分を味わいつつ、遠山の返事を待つ。何だか遠山の言い方だと、そんな簡単なものじゃないような、気がするんだけど……。
「……かわいくないよ。邪魔なだけだ……」
 遠くを見つめながら、平坦な声で先を続ける。何でもかんでもワガママ言ったら通ると思ってるし……実際通るから性質が悪いよ……。勝手に俺の部屋に入って……好き放題してぐちゃぐちゃにするし……。感情の起伏がなくてのっぺりした言葉なのが、逆に違和感だった。発する言葉は刺々しいのに、ついてくるはずの感情が見えない。
「まあ……うちは……妹中心に回ってるんだよね……」
 思い出したようにあくびをして、遠山がつぶやく。ぼんやりした顔なのに、言葉ははっきりと届く。
「妹にかかりっきりだから、特に気にもされないし……。うちの両親だいぶ抜けてるからね……いない所で気づかれないから……」
 淡い光に照らされて透き通った遠山から紡がれる言葉。「……食事忘れるわ……車でホームセンター行って帰ってくる時、俺を忘れるわ……あれは遠かったなぁ……家まで……」と、当たり前みたいに言ってのけるけど、それが遠山にとっての日常なんだろうか。
「……もともと、抜けてる人たちではあったけどね……。妹生まれてからは、さらに磨きかかってるし……」
 まあ、もうイマサラだから別にいいんだけどね……と言う顔は本当にどうでもよさそうだった。おだやかな夜と同じように、何も起こらない変哲のない夜を過ごすように、落ち着いた顔。
「携帯電話の色も……妹がやたら気に入っちゃって……あんな色なんだよね……。俺の意思そっちのけで、妹が好きだっていう理由だけで……買ってくるんだから……」
 呆れるよね、という様子はそのまま寝入ってしまいそうだと思った。言葉を探してて黙ってしまうけど、それを打ち破る声がした。
「お前は、それでいいのかよ」
 強い響きで真っ直ぐ突きつけたのは仁羽だ。にらみつける顔をして、文句くらい言えよ、と続ける。成島は眉を下げているけど、仁羽の言葉に「少しくらいは言ってもいいと思うよ」とうなずいた。遠山はそんな二人に、奇妙なものを見る目を向ける。
「別に……毎回泣いて謝られるし……いいんじゃない……」
 悪気はないんだし、どうでもいいよ……という言葉には強がりの欠片もない。嘘でも冗談でもなく、当たり前だって受け入れて、本気でどうでもいって顔をしていた。
「……いつも……俺のことは忘れられてるから……あんまり話さないけど……今日は……たくさんしゃべったよ……」
 そう言って、あふ、と一つ大あくびをして「この話は……終わり……」と言葉を落とした。眠そうに瞬きを繰り返す遠山は、何てことない顔をしていて、本当に特別何かを思っているわけじゃないんだってわかる。
 俺だったら、と思ってしまう。俺だったら、そんな風に自分がいないみたいにされて、必要じゃないなんてまざまざと思い知らされるなんて嫌だ。だけど遠山は何てことない顔をして、至って普通の当たり前みたいに言う。
 辛かったね、とか悲しかったね、て言うのは違う気がした。だって遠山はそんなことを思っていない。単なる事実を述べただけで、慰めとか労りとかを求めて話したわけじゃないだろう。何よりこれ以上踏み込ませない気配がある。触れられることを望まないなら、俺には何も言えない。
「よし、じゃあさっさと包帯の代わり見つけて、行こうぜ」
 当たり前のことだって受け入れてしまっているのを、俺は痛いと思うけど、きっとそれは遠山が言うことであって俺が口にすることじゃない。本当に遠山が心から受け入れているのかもしれないし、俺の単なる勘違いかもしれない。それなら、今は笑っていようと思った。何てことない顔を遠山がするなら、俺だってそうしていよう。遠山がいつか口に出したり、表に出したりするまでは、何てことない顔をしよう。
「うん、そうだね! あのね、美術室行ったら布いっぱいあると思うんだ。取ってくるから仁羽も行こう!」
 にこ、と笑顔で成島が言った瞬間仁羽の顔が歪んだ。言いたいことはよくわかる。せっかく逃げてきたのに、どうして戻らなきゃなんねぇんだよ、だろう。しかし成島はまったく気にせず、立ち上がると仁羽の腕を引っ張る。
「だって僕、大きさわかんないもん。わかるのって仁羽だけでしょ?」
「……知るかよ適当に持って来いよ」
 刺々しい言葉を投げつけるけど、成島に効くはずがなかった。笑顔をいっそう輝かせて、「怖いものの正体確かめた方がいいよ?」と告げれば仁羽が凶悪な顔を向ける。
「ただの鏡なんだってわかった方が、怖くないよ?」
「……まあ、一理あるよなー」
 幽霊の正体見たりなんとかって言うじゃん、と笑えば律儀に「枯尾花だよ」と答える。そんな風に押し問答を続けていたのだけれど、中々埒が明かない。すると、遠山がぽつりと言った。
「別に……包帯なんて、なくてもいいんだけど……」
「だめだよ、悪化しちゃうかもしれないし!」
「というわけだから、いってらっしゃい仁羽」
 諦めたら? と言ってみるけど、その点仁羽は諦めの悪い男だ。誰が行くか! と吠える。遠山は俺たちの会話を聞いていたけど、少ししてから深く息を吐き、「なら俺は置いていっていいから……三人とも帰れば……」と言い出した。
「包帯なくても……安静にしてればいいんでしょ……。仁羽と違って学校怖くないし……寝るだけだし……平気だし……」
「置いてかないよ」
 考えるより早く口から飛び出していた。成島も大きくうなずいて、仁羽は何も言わないけど文句もない。俺はもう一度、目の前の遠山に向けて告げる。
「置いてかないって」
 ふと思い出すのは、美術室に戻ってきた時の遠山の顔だ。あの時遠山は、不思議そうな顔をしていた。帰ってきた俺たちを見て、あり得ないものを見るみたいな、全然予想してなかったみたいな顔をしていた。戻ってくるなんて、考えてもみなかったって顔だった。
「……さっきも、遠山のこと置いていこうとしてたんじゃないんだよ」
 結果的には置いていったけど、俺も仁羽もそんなつもりじゃなかった。それだけは伝えておかなくちゃ。言わなきゃ、声に出さなきゃ、伝わらない。遠山にとってはどうでもいいことかもしれないけど、出来ることはやっておかないと。
「置いていこうと思ったことなんて、一回もないし。美術室のアレはまあ、怖くて思わず逃げたけど、戻ってきたの、そんな意外だった?」
 おどけるように、冗談みたいに言ってみる。答えなんてないと思ってたのに、「意外だったよ……」と遠山が答えるから、うん、とうなずいた。遠山が置いていかれるのが当たり前だって思っているんだなってわかってしまった。
「ちゃんと戻ってくるよ」
 遠山は何も言わなかった。ただ無言でじっと、俺に視線をそそいでいる。珍しいものでも見るみたいな、新種の生物でも発見したみたいな目。
「置いてなんか、いかないよ」
 ひたすら真っ直ぐ視線をそそぐ遠山。疑っているのか、何を言っているんだって呆れているのか。わからないけど、出来る限りのやさしさを込めて言ってみる。胸の奥で、誰よりそうしてもらいたいのは俺だってわかってるけど。遠山の視線は揺らがない。
「あーまあ……遠山が嫌じゃなければ、だけど。迷惑じゃないなら、そうするよって話だけど」
 あまりに真っ直ぐ見つめられて、俺の視線がさまよう。遠山の斜め上辺りを見ながらそう言えば、立ったままの成島と目が合う。にこっと笑った。メノウ様を手にしている時のような、力強いものでもなく。教室に一人でいる時のような、ふわふわした笑みでもなく。ただ真っ直ぐと、深い笑顔。
「……テメエら、ここで待ってろよ」
 続いて響いてきたのは、地獄の使者でももっと愛想いいんじゃないか、というくらい低く濁った仁羽の声。そっちを見ると、仁羽が立ち上がって成島の名前を呼ぶ。
「行ってやるよ、美術室でも何でも!」
「そうだよね、仁羽だけダダこねてらんないもんねっ!」
 爽やかな成島の台詞は、仁羽の心を抉ったらしい。一瞬言葉に詰まるけど、成島相手に同じ土俵で戦うのは無意味だと学習している仁羽なので、無視した。
「即で戻ってくるから、動くんじゃねぇぞ」
 指を突きつけて言う。俺は素直に「はーい」と返事をしたけど、遠山は何も言わない。やっぱり迷惑だったのかな、と思って遠山を見ると、ゆっくり目を閉じる姿が目に入る。数秒そうしてから開かれた目は相変わらず眠そうだ。だけど。
「……まあ、早く戻ってきてよ……」
 唇に確かな笑みを刻んでそう言った。見間違いでも何でもない笑みは、置いていかれることじゃなくて、一緒に行くことを選んだんだって思う。仁羽は「言われなくてもそうする」と答え、成島が「りょーかい!」と叫ぶ。そうして二人揃って美術室へ出発して、俺と遠山は廊下に座ったまま待っていた。
 仁羽は多少ゴネたらしく、少々手間取ってから戻ってきた。それでも布は大量にあったようで応急処置をしてから、月明かりの廊下を歩く。時々仁羽をからかい、遠山は眠そうで、成島はたまに電波を受信しているけど、あんまり違和感がないのは俺もこの状況にだいぶ馴染んでいるからだろう。そんな感じでどうでもいい話をしていたら、いつの間にか三階の端に到着していた。
 ずっと歩いてきて、もう見慣れてしまった廊下が途切れる。さっき言い争いをしていた階段を横目に下りていく。ひょこひょこ歩く遠山を挟んで二階に到着すれば、今までと似た感じの暗さが漂っていた。
「……うーん……やっぱり鍵かかってるねぇ……」
 階段のすぐそばにあるのは職員室だ。ガチャガチャとドアノブを回すけど、開くはずもない。仁羽はかろうじて外の光が入ってくる階段にたたずんだままで、動かない。遠山もなるべく動かないようにするつもりなのか、仁羽の隣で壁にもたれかかっていた。
 職員室の前にある公衆電話の受話器を取ってみたけど、何の音もしなかった。つながらない公衆電話なんて、単なる緑色の置物だ。
「……ここが開けばなー」
 扉についている小窓から、職員室をのぞきこんだ。背伸びしながら、成島も室内をのぞく。淡い光の中、職員室の机たちが浮かび上がっている。薄い陰影の中に、動くものは一つもない。この中に入れれば、電話はつながっているだろうから外と連絡が取れるのに。
「何時だろうなぁ……もうお祭りも終わっちゃったしなぁ……」
 号砲が鳴ったということは神輿が帰ってきたわけで、祭りは終わりだ。ああ結局行けなかった……と落ち込んでいると成島が鞄を探り、携帯電話を取り出して俺の方にも画面を向けてくれる。光るディスプレイには、九時半をちょっと過ぎた時間が表示されていた。
「先生たち……学校とか戻ってこないのかな。現地解散?」
 戻ってさえ来てくれれば発見してもらえるわけで、帰れるんだけど。成島は首をかしげて「どうだろうねぇ」と言ってから、仁羽に声をかけた。
「ねぇ、せんせーたちは学校帰ってこないの?」
「来ねぇだろ。わざわざ学校寄るくらいなら荷物なり残ってる」
 しかめ面をしたままで答えて、遠山はぼんやり「……あの人は来そうな気はする……」とつぶやいた。あの人というのは担任のことだろう。確かに、ちょっとよくわからない行動も取りそうなのであり得ないとは言えないけど、ものすごく運任せだ。
「……この分だと全部鍵かかってるんだろうねぇ……」
 ため息のようなものと一緒に、成島が声を吐き出した。二階にあるのは職員室以外に、校長室やら保健室やら家庭科室やら視聴覚室やらだ。置いてあるものがものだから、鍵はかかっているだろうけど、それはいい。問題は一階、入口の鍵だった。一階まで行った所で、外には出られないかもしれないという可能性が現実味を帯びてきたのだ。その場合、学校で一夜を明かすことになるのかなぁ……と思う。明日にはきっと、部活のヤツラも来るだろうし……。今日ばかりは、全力でシゲちゃんの不真面目さを支持する。もう心の底から本気で、ルーズなシゲちゃんでいてほしい。とか思っていたら突然、「あ、だけどさ!」と明るい声で成島が言った。
「いざって時は、窓から出ればいいんじゃない?」
 名案だ、と言いたげな顔をしてるけど。一階の窓は外へ出られないようにするためなのか、明かり取り用みたいな高い位置の窓しかない。二階から上は、普通に腰くらいだから出ようと思えば出られるけど、ロープもなしに下りられるわけがない。いや、あっても下りない。そんなアクロバットなことはしない。とんでもなさすぎるし危ないし、怪我したら大変だ。そんなことを心からの抗議のもと言ってみたのに成島は気にしない。さらに一連の会話を聞いていた遠山が、会話に加わってきた。
「……校長室の前の廊下に……大きい木があるから、たぶん下りられると思うけど……」
 しかも成島に賛成だった。こうなれば、一階の玄関口の鍵をシゲちゃんがかけ忘れていることを祈るしかない。神でも仏でもない、シゲちゃんに全身全霊を込めて祈る。そしたら、成島が大きな声で言葉を落とした。
「あー、疲れたねぇ。お腹空いちゃったし」
 ずるずると成島が階段に座り込む。その言葉に、俺も空腹を思い出した。そうだ、お昼食ってから何も腹に入れてない。いつもならとっくに夕飯食べ終えてる時間なのに……!
「うわ、何も食ってないの気づいたら俺も腹減ってきた……」
 成島の隣に座ると、仁羽が舌打ちした。長居する体勢に入ってるからだろうとは思ったけど、仁羽だってお腹が減ってないわけがないのだ。現に、成島が「そういえば」と言って鞄からお菓子を取り出すと表情が変わる。
「これ食べよーよ」
 スナック菓子とチョコ菓子を取り出して言えば、吸い寄せられるように遠山が近づいてくる。仁羽は渋っていたけど「食べないの?」と無邪気に成島が聞けば、こっちに足を踏み出した。