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Note No.6

小説置場

第四章 01

「まつりばやしがきこえる」

 輪になって座りこみ、成島が大量に買っていたお菓子を開ける。買出しの時昼には多すぎる量を買い込む成島を、仁羽はそんなに食わねーだろ、と馬鹿にしてたけどこんな所で役に立つとは。しみじみと感謝しながらお菓子に手を伸ばすと、成島は朗らかに言った。
「おにぎりはさすがに食べちゃったからないんだよねぇ」
「……ていうか……残ってても……危ない気はする……」
 遠慮なく袋に手を突っ込んで、頬張っている遠山がぼんやりつぶやく。確かに、この暑さの中ずっと鞄の中に入れられていたおにぎりってどうなんだろうな、と思いつつチョコ菓子を食べる。辺りがほんのりカカオの匂い。
「えー、でも、梅干と鮭だし、梅干は平気だったかも。園田はなんだっけ。ツナマヨ?」
「そう。ツナマヨと鶏五目。いやー、ツナとマヨをコラボした人は偉大だと思うね。この時期絶対やばい気もするけど!」
 何となく、即効で駄目になりそうな組み合わせの気がする。マヨネーズがいけないんだろうか。
「つーか、お前らはどうなの? 昆布&高菜組とオムライス&たらこ組」
 チョイスしたおにぎりを思い浮かべて言ったら、遠山がぽつりと「よく覚えてるね……」とつぶやく。ほとんど無意識にそれくらいは見ているので不思議じゃないけど、仁羽も何だか苦い顔で「見てたのかよ」と言う。
「……いーじゃん別に。オムライスおにぎりも、考えた人すごいと思うよ? チキンライスを海苔代わりの卵で包もうって発想最初にした人は偉大だ」
 しみじみ言ったのに、仁羽の賛同は得られなかった。まあ、仁羽が選ばなさそうなおにぎりだなーと思ったのも本当だし、恐らくそこが嫌だったんだろうなと思うけど今更だ。
 なんておにぎりのことを考えていたら、よけいに空腹がつのる。祭りで買い食いするつもりだったから昼を少なめにした結果が、こんな所で仇になるとは。
「あー、せめておにぎりもう一個くらい食っとけばよかった……!」
「……でも、あんまりなかったよね……。残りって……」
 思わずこぼした言葉に、遠山が思い出したようにつぶやく。確かに、早仕舞いというのは嘘ではなかったらしく、行った頃には商品があんまりなかった。パン系は全部なかったし、おにぎりも俺たちが買ったので最後くらいだった。後はつけものとか丸ごと野菜とかで、きゅうりでもかじるかって言われたけど、いや俺河童じゃないんでって断った。
「そうだよなー……さっさと閉めるつもりで入荷少なかったのかな……」
 順調に減っていくスナック菓子をちまちまっと口に入れつつ考える。そういえばあそこの親父とおばちゃんも、祭り大好き人間だったっけ。シゲちゃんと同じく。
「まあ、確かに一回くらい神輿最前列で見てみたいけどなー……」
 ぼんやり言ったら、成島がとても不思議そうな顔で「そうなの?」と聞いてきた。何がおもしろいのかな、という顔だと思ったら案の定。いつの間にか取り出したメノウ様に向かって「何がおもしろいのかなぁ」とか尋ねている。
 仁羽と遠山は何も言わないし、こいつらもどうでもいいんだろう。無理やり楽しめって言う気はないけど、もし知らないだけだったら勿体無いよなぁ、と思いつつ口を開く。
「急な階段を神輿が駆け下りて来るのとかって面白くない?」
 ちょっとしたショーを見る気分っていうか、アトラクションみたいな感じ。のろのろと進むだけの神輿じゃないし、やたら速いし重量感あるし、見てると楽しい。
「後ろにお囃子とか鳴物もついてきて、ドンチャンしてるし。トランペットとかもあってパレードってかサンバっつー感じで、楽しいよ」
「……脈絡ゼロだけどな」
 ぽつり、とつぶやくのは仁羽。まあ確かに、神輿にそれはないだろうというような楽器が参加してたり踊ってたりするので、本来の祭りとしてどーかって声もあるらしい。
「でも神輿担いでる兄ちゃんとかオッサンに、騒げば騒ぐほどいいって言われなかった?」
 そうした方が神様喜ぶんだ、とか言われたけどな、と言えば仁羽がしかめっ面で「そんな事情は知らねぇ」と答えてスナックを放り込む。神様の事情に興味はないようだ。
「大体、俺たちがついてったのは町中を練り歩く神輿だ。町だと普通の神輿と変わんねぇし、疲れるだけだ」
「……とか言いつつ、小学校六年間きっちり参加してるのが仁羽らしいよなー」
 町内の小学生たちが借り出されるのは、神輿の後からついてくるお囃子隊を乗せた山車を引く役目だ。神輿を担ぐのはあくまで大人の役目なのである。俺は祭りに参加してる気分味わえて楽しかったけど。その後にもらえるお菓子セットも大好きだったけど。
「何かみんなで一緒のことやるのって、楽しくなかった? 俺は結構好きだったよ」
 人数が多いほど燃えるし安心するし心置きなく出来る。聞いてみると、成島は朗らかな笑みを浮かべて言い切った。
「僕それ、あんまりやってないよ」
 にこにこ、と笑みを浮かべた成島の言葉に、仁羽が何だと、と反応した。十中八九「上手くサボりやがって」という意味だろう。
「僕の家わりと山に近いから、全部回ってると帰り遅くなっちゃって、少ししか出られないの。だから途中で帰ってもいいよーてなって、全部はやってないよ」
 最初はちゃんとやるんだけどね、と続く言葉に、そういえばそうだったな、と思った。詳しい事情は聞いたことなかったけど、途中から抜けていつの間にかいなくなっていた。体小さいし、体力的な問題とかで低学年組にいるのかなぁ、とか考えてたんだっけ。仁羽は悔しそうな顔をしていて、その視線を遠山にも向ける。
「……そういやお前も見なかったな。どうせサボリだろ」
「……心外だなぁ……俺は、ちゃんと正当な取引をしたまでです……」
 取引? と仁羽が眉を寄せて聞き返す。遠山は小さくあくびをしながら、あんなの毎年なんてやってらんないし……交換条件だよ……と続けた。
「……一回だけやるから……後は休んでもいいって……学校とも約束しました……」
 あふ、とあくびをかみ殺してチョコレート菓子を口に放り込んだ。仁羽はいまいちピンと来ないらしく顔をしかめたままで、成島はきょとんとしている。何を話しているのかわかっていないみたいだけど、俺としては長年の謎が解けた。
「だから遠山が露払いやってたのか……!」
「あたり……」
 少しだけ目を細めて笑うような顔をする。なるほど、どうして遠山があんな面倒くさいものをやってるんだろう、て思ったんだよ。
 町中の神輿行列で先頭を務める人を露払いと言う。小学生の子どもがやるんだけど、覚えることはあるし、一人しかやらないからやたら目立つし、大人たちにたった一人混じらなくちゃいけないし……とかで、やりたがる子はほぼいない。大体、先生の親戚筋の子が犠牲になる。
「一回やれば……後の山車引き……やらなくていいってうし……ちゃんと取引しました……」
 そう言ってスナック菓子の袋に手を突っ込むけど、どうやらなくなったらしい。ぼんやり「終わりだね……」と続ける。
「……無駄な所で頭回るよなお前……」
 しみじみと仁羽が言うので、思わず同意した。遠山が行事に参加しないのは普通だったので気にしてなかったけど、そんな裏事情があったとは。
「遠山もいろいろ考えてるんだなー。単にサボってるだけだと思ってたわ、ごめん」
「……サボってたけどね……。それまでずっと」
「サボってたのかよ!」
 ぼそぼそと続けられる遠山の言葉によれば、露払いをやった小四までは普通にサボっていたらしい。元はといえば、いい加減ちゃんと出ろと先生が説得しに来たことがきっかけで、取引の話が持ち上がったという。
「……でも、よく露払いの踊り覚えられたなー。複雑っぽいのに」
「……別に……。基本動作は三つくらいで……あとは応用と……組み合わせの問題……」
「でもあれ、すごく時間かかるよねー、覚えるまで。練習いっぱいしてたもん」
 遅くまで練習してるの見たよー、と最後のチョコレート菓子を口に放り込んだ成島がにこにこ言った。俺も、露払いをやることになったクラスメイトたちを知っているのでうなずく。
「そうそう。神社の社務所で練習してて、しかも夜遅くまでやるから帰る時超怖いって言ってた。まあ、遊びじゃないから送り迎え付きみたいだけど」
 だとしても、神社からの山道を暗くなってから帰るのはお化け屋敷も目じゃない怖さだと思う。俺だったら、あの暗闇に何かいるかもしれない、そこの角を曲がったらもしかして……とか想像してしまう。
「じゃあ、仁羽は選ばれなくてよかったねー」
 まったく悪気のない顔で、成島が告げる。きっと仁羽が選ばれてたら泣いちゃうよね、とかいう台詞に悪意が微塵も感じられないので、余計性質が悪いと思う。
「そういえば……。俺を迎えに来た父親が……道に迷った時の話なんだけど……」
 ふと思い出したように、遠山がつぶやく。曰く、迎えの時刻を大幅に遅れていたので近道をしようと山道に入ったはいいが、神社までの道がわからなくなって、立ち往生していたという。遠山は淡々と言うけれど、その言い方がものすごく、怪談っぽい。
「どっちに行ったらいいのかわからなくて……元来た道を戻ればいいのに、焦っていたのか……別の道に入ったんだって……。周りはどんどん知らない景色になっていく……一体ここはどこなのか……山のどの辺りにいるのかまるでわからない……山はすっかり暗くなっている……このままでは神社に出る所か、道路に出ることさえ危ういのでは……?」
 落ち着いているのにやたらはっきりとした語り口には、妙な力強さがある。思わず黙って、遠山の話を聞いている。
「そろそろ危険を感じ始めた時……遠くに人影が見えてね……どっちに行けば神社なのか、聞いたんだって……」
 しかし、前方の影は何も言わない。何度呼びかけても反応がないので、らちが明かないと判断して別の道を行こうとした所、不意に影が動いた。目を凝らすと手招きをしていて、吸い寄せられるようについていく。どこをどう歩いたのか、まるで記憶はない。疲れ一つ見せずに影は歩き続け、ふと瞬きをした途端影は消えてしまったという。
「それで……周りを探そうと思ったら……神社の裏だったんだってさ……」
 だから無事辿りつけたみたい……と続けると、成島が「よかったねぇ!」と手を叩いた。親切な人がいてよかったね、とメノウ様に語りかけているけど、あれ、そういう話だっけ?
「シャイな人だったのかなって思ったらしいけど……よく考えたら、ずいぶん小さい影だったなって……。そもそも……子どもが出歩く時間じゃないし、子どもだとしてもあんな風に……疲れも見せないで歩けるわけないって……」
 のんびりと、世間話の一端のように続ける。ちらり、と仁羽を見ると顔が白かった。唇を結んで眉間にしわを刻んでいるのは、何かを耐えているからのような気がする。
「それに……あの暗闇の中で、不思議と影ははっきり見えたって……」
 不思議だよね、と言う遠山はまったく不思議そうではなかった。仁羽の握り締めていた拳が震えているのが見えて、早口でまくしたてる。もうここはいい話で片付けよう。
「あーうん、よかったじゃん、遠山のお父さんも遭難しなくて済んで!」
「まあ……迎えに来るのが遅れたことの言い訳という説もあるんだけど……」
 え、そうなの? と尋ねたら、「本人は真実だと言い張っている……」と言うので。
「じゃあそういうことにしとこうよ。いいじゃん、人じゃなくたって。取って食われたわけでもなし、異世界に連れ去られたわけでもなし。人外だって害はなかったんだし!」
 な、と言ったら思いっきり仁羽に殴られた。なんでだ! という目で見ると、遠山も殴ってすっきりしたらしい仁羽に「お前の発言も不穏だからだ」と答えられた。どうやら、取って食われたとか異世界に連れ去られたとか人外が駄目だったらしい。そうか、それも駄目なのか。殴られた頭を抑えつつ、話題を変えるべく口を開いた。
「小学生ならともかく、中学生じゃ迎えに来ないよなー」
「そもそも、俺たちがここにいること自体わからねぇだろ」
 つっけんどんに言われてそういえば、と手を打った。遠山と違ってどこにいるかまではわかってないんだし、迎えに来いと言っても無理だろう。まあ、迎えに来られても怒られるだけなんだろうけど……。
「あー嫌だなー。絶対怒られるわー……」
 両親の顔を思い浮かべると腹の底がむずむずした。怒るだろうし、何を言われるかわからない。ガッカリした顔をするだろうか。迷惑をかけるつもりなんて全然なかったのに。誰かに負担をかける気なんて、これっぽっちもなかったのに、こんなことになってしまった。心臓が痛い、気がする。
「……なら、さっさと行くぞ」
 言うと仁羽が立ち上がった。尻の埃をはたくと、さっさと先に行くぞ、と重ねる。怒られる云々言っている暇があるなら行動しろ、とでも言いたげだった。
「うん! 一階に行って鍵確かめてこなくちゃね!」
 続いて立ち上がるのは成島で、床に散らばるお菓子の袋を鞄に入れる。俺もそうだな、と立とうとする。しかし、遠山も立ち上がろうとしているので思わず言った。
「遠山はここで待ってろよ。怪我人なんだから!」
「そーだよ!」
 成島も思いっきりうなずくのに、遠山は気にしないで「俺も行くよ……?」と言っている。どうして一人で待つのか理解出来ない、という顔だった。