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Note No.6

小説置場

第四章 02

「まつりばやしがきこえる」

「いやいや、遠山怪我人、怪我人は安静にするべき。オッケー? 何なら誰か残してくし」
 まさか一人が嫌ってことはないだろうけど、とりあえずそう言ってみた。遠山はしれっと答える。
「別に誰が残ってもいいけど……俺は行くから……まあ、待ってれば……?」
「ああそういってらっしゃーい……ってお前残しとかなきゃ意味ないだろ!」
 思わずノリツッコミしたけど、遠山の意志は固かった。何を言っても一人で残る気はないらしく、遠山を置いていくのはどうやら骨が折れそうなので、結局今まで通り四人で一階まで下りることにする。
 階段を下り、理科室の前を通り昇降口に到着。下駄箱を素通りして玄関に手をかける。願いを込めて取っ手を回してみたけど、びくともしなかった。
 全てのドアを確かめてみるけど、もちろん全部鍵がかかっている。しかも、内側から開くようになっているものは一つもなかった。図書室や美術室と同じく、ドアノブには鍵の存在がかけらもなかった。
「やっぱりこうなるのか……あ、でも、体育館の通用口は?」
「まあ……ここまで来ると大体予想出来るけどな……」
 苦々しげに仁羽がつぶやくけど、一応やれることはやっておこう、ということで廊下の一番奥、体育館につながる外廊下の入口まで行ってみることにした。
 通用口から光が入るとは言っても、一階の窓は小さいし上の方にあるので、全体的にぐっと暗くなる。沈黙ももはや気にならないのでそのままにしていたけど、しばらく経ってからふとそれぞれの顔を見渡した。遠山は相変わらず眠そうだし、成島もいつも通り何だかにこにこしている。仁羽の顔は完全にこわばっていた。
「おー、懐かしいよなー。一年の教室」
 ちょうど一年の教室の前だったので、出来るだけ明るい声で言った。うちの学校は一年生が一階で、学年が上がるにつれて教室も上がっていく仕組みになっている。去年まではここの教室を使っていたわけで、懐かしいのは嘘じゃない。
「下駄箱近くていいよなって思ったけど、さすがに一年じゃあんまり遅刻しないよな」
 むしろ、段々だれてくる三年の方が遅刻率は高いわけで、なのに一番下駄箱から遠いとか嫌がらせだと思う。
「遠山とかさー、二年になって下駄箱遠くなったから困ったりしないの?」
「……下駄箱が近いかどうかは……あんまり関係ないよね……」
 一年生の時からぶっちぎりの遅刻魔だった遠山曰く、遅刻するかどうかの瀬戸際ならともかく、最初から遅刻決定の時間に来るので下駄箱の位置は重要ではないらしい。
「あ、なるほど……。ってことは成島も関係ないし……仁羽はそもそも遅刻しないか」
 そうだねーと笑う成島は、遅刻しそうだとわかったらあっさり学校を休むタイプだった。仁羽に至っては朝のHRが始まる二十分前くらいには教室に着いている始末だ。
「つーか仁羽は一体、そんなに朝早く来て学校で何してんの?」
「別に。授業の予習とか復習とかしてるだけだ」
「真面目だなー、仁羽は。予習はともかく復習なんてやったことないんだけど」
「だから馬鹿なんだろ」
 あっさり切って捨てられた。だけど、唇の端に笑みが乗っかっていって、こわばりが少し解けていた。ふむ、と思いつつクラス表示を見上げると「一年二組」という字が見える。
「そういえば俺一年の時、遅刻しそうになって窓から入ったことあるわ。下駄箱行ってる余裕なくて」
 教室の窓はさすがに普通サイズなので、出入りは可能だ。今は教室に鍵かかってるから無理だけど。
「出席取ってから下駄箱に靴戻しに行ったもん」
 出席の時に返事をすれば、遅刻扱いにはならないのだ。あの時はやばかったなぁ、と思い出に浸っていたら仁羽が「馬鹿か」とつぶやく。成島は偉いねぇと笑い、遠山は遅刻くらいじゃ死なないよ……? と言う。俺は苦笑いを浮かべつつ、三人の意見を聞いていた。
「まーそうなんだけど。実際、遅刻を全く気に病んでない成島の描く遅刻防止ポスターが、金賞取ったりするんだし。適当なのかもなー先生も」
 いや、でもあれは単純に絵の話だから別にいいのか? と思って、「成島の絵が良かったって話だから別にいいのか」と続ける。成島は、「あれ」と言った。
「園田、なんで知ってるの?」
「いやさすがに去年のことだし。ていうか俺、同じく二組だったんだけど」
 全員描かされた生活習慣ポスターは、クラスで何人か金賞を与えられる。俺は「これ人?」とか言われるような代物にしかならなかったけど、さすが美術部上手かった。すごくポスターらしかった。だけど、遅刻しそうになったら優雅に休む成島に言われたくはない。
「ちゃんと覚えてるって、同じクラスで誰が金賞取ったかくらい」
 明るく言ったけど、成島は首を傾げて「同じクラスだったっけ?」とかつぶやいていた。根本的に記憶にないらしい。まあそりゃ、成島だし。周りに興味はないんだろうな、と思って納得した。遠山はそんなの描いたっけ……とあくびとともに吐き出した。
「描いただろう。尾西先生が許してくれるとは思えないし」
 一年生の教室を通り過ぎ、廊下の奥まで進みながら答えれば「まあ……そうだよね……」とうなずいた。
「仁羽だって描いてたもんなー。でもあれ、廊下に貼り出すのはマジ勘弁してほしくね?」
 上手いヤツならいいけど、下手なのを知っているのに廊下に名前付きで貼り出されるとか、とんだ羞恥プレイだ。たいして上手くない仁羽だし、賛同してくれると思ったけど、仁羽はにらみつけるようにして俺を見ている。え、この話題も駄目?
「とうちゃーく!」
 思っていたら成島が叫んで、たたたっと体育館とつながっている扉に駆け寄った。通用口には大きな窓がついていて、明かりに照らされた外廊下がよく見える。ここが開けば外廊下になっていて、そのまま外へ出られるんだけど……。
 鉄製の大きな扉には、これ見よがしに鍵がついていた。真ん中から左右に開くようになっている扉の、取っ手部分に南京錠がついている。両手で持ってもまだ余るほど大きな鍵が、がっちり扉を固めていて、開きません! と全身で意思表示しているような気すらしてくる。
「……うーん、難しそうだねぇ」
 たぶん開かないだろうな、と全員思ってはいたけど、とりあえず成島が手をかけた。南京錠をちまちまいじってみるけど、そんなことで開いてくれるわけがない。残念ながら鍵開けのプロもいないし、この南京錠が開かないなら、ここからは出られないだろう。
 壊れてたらいいな、と鍵の根っこを揺らしてみたり、ショックで落ちないかな、と扉を蹴飛ばしたりしてみたけど無駄だった。足が痛くなったのと、音が廊下に反響しただけ。全員とりあえず試してみたけど、無駄だった。鉄製の扉はびくともしないで立っている。
「……ここは諦めた方が良さそうだね……」
 どうでも良さそうに遠山が言うと、仁羽も「そうだな」とつぶやいた。成島はまだガチャガチャやっていて、鉄の扉が大きく動く音がこだまする。金属音がこすれあって、頭に反響する。
 だけど、ようやく開かないことを納得したらしい成島は、不意に動作を止めた。途端に、音が消える。それまで騒がしく動かしていた所為なのか、突然音がしなくなると廊下の静かさが際立つような気がした。薄暗い廊下は、音もなくしんとしている。そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。
「あー、何か……こんなに静かなんだねぇ」
 間延びした声で、成島が周囲を見渡しながら言った。風の音も虫の声も、今はずいぶん遠い。騒音に耳が慣れてしまったせいかもしれないけど、他の音がわからない。
「……昼間は、うるさいからね……」
 ゆっくりと遠山が言い、俺も耳を澄ます。確かに昼間の学校は人の声や音に満ちている。それに比べて今は、細かい音は聞こえるけど、はっきりとした形はない。風の音にも聞こえるし、楽器の音のようでもある。廊下を照らす光みたいにぼんやりしている。
「本当に……静かなんだな」
 おだやかに仁羽が言った。廊下の窓からは小さく空と木が見えるけど、動かない。今は風もないのだろう。絵を貼り付けたみたいだ。
「……夜って静かなんだなー……」
 普段それを意識することはない。夜家にいたって風に揺れる木の音や虫の声だとかが聞こえてくる。時々道路からは車の音がするし、近所のテレビの音が聞こえてくる時もある。生き物がいて、誰かが生活していれば、意識してないけど音は限りなく降って来る。だけど今は、木々のざわめきも、虫の声も、動物の気配も、はっきりしたものは一つもない。
 普通に歩いてたけど、この廊下では、話す声はもちろん、足音や息をする音でさえ響くのかもしれない。それくらい静かな夜。しーんって音でも聞こえてくるみたいに、静かだ。
 ぼんやり思ってから、ふと笑った。誰にも気づかれてないと思ったのに、遠山が気づいた。
「……なに……?」
「ん、いや」
 よりにもよって遠山だったから、真顔になろうと思ったのによけい笑ってしまう。不審の色が濃くなったので、とりあえず弁明することにした。
「……静かだなーって、思ったんだけど。そしたらみんな静か静か言うから、思い出しちゃってさ。遠山の名前も静じゃん」
 だからつい笑っちゃって、ごめん、と言えば、眠そうだった遠山の目が見開かれる。
「……園田……」
 しかも真剣な声で名前を呼ばれるから、何事かと思う。名前言うとマズイ事情でもあったのかな……とか考えてしまった。だけど。
「名前……知ってたの……?」
 予想しなかった言葉に、へ? と間抜けな声が出た。成島や仁羽もこっちを見る。
「俺の名前……園田、知ってたの……?」
 もう一度言われて、聞き違いではなかったのだとわかる。しかし、聞き違いじゃないにしても、なんでこんなに真顔で言われるのかがわからない。
「う、うん……。遠山静、だろ?」
 注意深く答えると、遠山よりも先に素っ頓狂な声が上がった。成島だ。
「え! 遠山って静っていうの!?」
 知らなかったのか、と言おうと思ったら仁羽も意外そうな顔をしていた。お前もか。へえー知らなかったー、とのんびり成島が言うと、うん、俺も……と遠山がつぶやいた。
「園田が知ってるとは、思わなかった……」
 しみじみした言葉に、複雑な気分に駆られる。クラスメイトの名前くらい知ってて当然なのに、どうしてそんなに意外そうなんだろう……。
「ねー、仁羽も驚いたでしょー、静だって」
「まぁ、ぴったりだよな。お前、しゃべらないし。園田もよく知ってたな」
「いや……当たり前だと思うけど……」
 いっそ感心しているような顔で仁羽は言うけど、俺にとっては何の不思議もない当然のことだった。だからそう言ったのに、俺以外の三人には本気で驚かれた。しかも、仁羽が「俺はクラスメイトのフルネームなんて知らねぇ」と言いきると、他の二人も同意している。
 他人に関心がないのは知ってたけど、小さい頃から一緒っでヤツらがほとんどで、どうしてフルネームを一人も知らないでいられるんだ……。謎すぎる。だけど、三人にとっては俺の方が謎らしい。
「じゃあさー、園田ってクラスの人間のフルネーム大体言えるんだ」
「大体っていうか全員……」
 おおげさに成島が目を見開いて、びっくりした顔をする。いや、絶対これは俺が普通だ。今までのクラスメイトはもちろん、学年全員のフルネームだって覚えてるぞ、俺は。でもそれを言うとよけい何か言われそうだった。
「それぐらい当然だって、お前らが知らない方が変なんだよ」
 きっぱり言うのに、三人は本気で首をかしげている。こうなってくると、俺の方が非常識なんじゃないかって気がしてくるけど、そんなことはないはず。
「だって俺、お前ら三人のフルネームだって言えるよ」
 他人との関わり合いが極端に少ない三人だけど、知ってる。積極的に話題に出てくることはほとんどなくても、ある意味有名人だし。何より、クラスメイトの名前を覚えるなんてずっと当たり前だった。だって俺が名前を呼んでもらったら、ちゃんと返事が出来るようにしなくちゃいけない。してほしいことがあるなら自分からしとかないと。
「……遠山静」
 扉を前にして立ち止まったまま、左隣の遠山を見て言った。眠そうな顔じゃなくて、俺を見ている。いつも眠そうで、あんまりしゃべらない。ぼんやりしていることが多くて反応も薄い。置いていかれることを当たり前だって諦めてて、だけど今は一緒にいる。けっこう話してくれるし、実は意外と物知りで、頭も回ってちゃっかりしてる。たまにひどいこと言うけど、マイペースで、案外しっかり者だ。
「成島弘光」
 右隣にいる成島を見て言うと、困ったように笑った。小柄で、ぱっと見頼りない。黙っていれば天使みたいだけど、外見と言動のギャップは一番だと思う。怪電波は受信してるし、メノウ様関連の言動にはヒくし他人を不安にさせるし、よくわからない発言も多い。だけどたぶん一番素直で、裏も表もないヤツだ。それに時々やたら大人びていて、何もかも見通してるんじゃないかって思う時がある。許容範囲は一番広そう。
「仁羽達樹」
 成島のさらに隣にいる仁羽は、居心地の悪そうな顔で突っ立っていた。言動がいちいち偉そうで威圧的だし、上から物を見ている感じでいっぱい。でも実は怖がりで、いろいろわかりにくいだけみたいだ。実際本当に頭の回転は早くて、いろんなことが頭に詰まっている。悪いことしたと思ったらちゃんと行動するし、素直じゃないからわかりにくいだけで、意外と面倒見よかったりするのかも。