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Note No.6

小説置場

第五章 01

 努力はしてみた。一階の窓からでもいいじゃん(サイズ的に無理だと却下)、もういっそ学校で一晩明かそう(仁羽に呪い殺されそうだった)とか訴えてみたのに。結局お前らがやりたいだけなんじゃないのか、と思ってしまうくらい容赦がなかった。
「だ、だってさ! 遠山は怪我人なんだし! 無理させたら駄目だと思う!」
 窓の前で逃走出来ないように囲まれているし、こいつらの考えを変えなくちゃいけない。だから必死に言ったって、当の本人は「別に大丈夫だけど……」と足を動かせてみせる。確かに、最初に比べればだいぶマトモな動きになっている。むしろ、怪我をしているかどうかもわからない。
「……でもさー!」
 他に何か言い訳はないか、と思うのに。よく考えてみれば、元々成島と遠山は壁伝いに下りるのはどうか、とか言っていた人間だった。それに、仁羽は仁羽で、別に窓から出ていくことを特別嫌がっているそぶりもない。これはきっと、応援してくれないだろう。
「……大体、お前は何が嫌なんだよ?」
 イライラし始めたらしい仁羽が荒い口調で言う。真正面から見据えられて、思わず目をそらした。でも、それがより一層腹立たしかったのか、地を這うような声であぁ? とか言われた。
「危ないから嫌なのか? 高いからか? 木登りしたことねぇのか?」
 突き刺す言葉と向けられる視線の強さに、何も考えないでほとんど無意識で答えた。
「た、高いから……」
 危ないことはそれなりにやってるし、木登りなんて一時期までアホのようにやってた。何が嫌かって、そりゃ高い所に立つことだ。
「……っていうか……俺はいいから……明日まで待つから、ほんとカンベンして下さい……」
 今なら土下座出来るかも、と思った。ずるずると廊下に座り込む。高い所は嫌いだ。木の上なんてもっと嫌だ。落ちるのも痛いのも嫌だけど、それより思い出す。思い出したくない。心臓の音が聞こえる。
 この三人のことだから、さっさと下に行くだろう。誰かに知らせるくらいはしてくれると思うから、待ってれば誰か迎えに来てくれるだろう。それまで待てばいいんだ。そう思っていたら、遠山がつぶやいた。
「……園田は、なんで高い所嫌いなの……?」
 ぼんやりした表情で、原因がわかれば対処も出来るよ……、とささやくように言った。成島もうなずいている。いや、原因聞いても仕方ないと思うけど……と言っても、いいからいいから、と押し切られるだけだった。俺は座ったままで、三人を見上げながら観念して答える。
「……小学校の時に……木から落ちて骨折したからだと思う……けど……」
 詳しくはもっといろいろあるのかもしれないけど、直接のきっかけはそこだと思う。木から下りるなんて、いろいろ思い出すに決まっているから嫌だ。
「あれー。なんで園田落ちちゃったの?」
 運動神経良さそうなのにねぇ、と言うと、仁羽が無駄にな、と受けた。
「えー……そりゃあ……そういうこともあるでしょー……」
 いつでも完璧ってわけじゃないし、落ちたことの原因がわからないなんて、珍しいことじゃない、という風を装った。成島は俺の言葉に、笑った。華やぐみたいな笑顔で、月の光を受けているのに、太陽の匂いがした。跳ねるような足取りで一歩踏み出し、目の前にしゃがみこむ。ポケットから取り出したものを俺に渡した。
「貸してあげる」
 手の中をのぞきこむと、そこにはぴんく色をしたうさぎのあみぐるみが一つ。
「……。……えぇっ?」
 一拍おいて、叫ぶ。これは間違いなくメノウ様のご神体! こんな大事なもの、俺が持っていてもいいんだろうか。成島はどうするんだろう。離れて平気なのかな、と思ったらゆっくりと言った。
「貸すだけだよ、大事にしてね。それに、僕が先に行くからさ、ちゃんと下に着けば安全だってわかるでしょ?」
 首を傾けて笑う様子は、やっぱりかわいくない。だけど凛としている姿は格好よく見えて何も言えなくなる。
「だからね、園田。一緒に行こうよ」
 ね、と言って目の前でふわふわと笑う。当たり前みたいな顔で、「メノウ様もいるしー、僕が先に行くしー」と指折り数え上げるのは、どうやら成島なりの安全策らしい。
「ここまで来たら、四人一緒がいいでしょ?」
 せっかくだし、と言う成島の言葉に答える前に。ぼんやりと俺たちを見ているだけだった遠山が、はっきりと言葉を落とした。
「確かに……ここまで来たら、四人そろって脱出しないと……つまらないよね……」
 つまらなくていい! と心から思って首を振るけど、成島が嬉しそうにうなずいているし、どうやらこの二人はタッグを組むことにしたらしい。あれ、逃げ道がどんどん破壊されていくような。俺は最後の頼みとばかりに、仁羽を見た。目が合うと清々しくほほえまれたので、駄目だ、と思った。
「俺は散々怖い思いはしたからな。お前が同じ目に遭ってもそれはそれで……異存はない」
「知らなかったんだし俺悪くないじゃん!」
 言い訳をするけど、全然聞いてくれなかった。もはや俺以外の三人は、ここから下りることが決定しているらしい。嫌だってば、高い所ってだけでも嫌なのに木の上とか、思い出さないわけがないのに。
 廊下に座り込んだままで、嫌だって、と言うけど、三人はまるで聞く耳を持たない。目の前の成島も、だるそうに立っている遠山も、真っすぐ立っている仁羽も。俺が一緒に行くのは当たり前らしく、強制的に連れて行く話をしている。
「ねー、園田。このままだと、学校泊まることになっちゃうよー?」
 膝を抱えた成島が、首を傾げてそんなことを言う。「僕らはいいけど、仁羽に呪われるよー」と言う顔は、至って普通だった。まあ確かに、今の仁羽に学校に泊まります、なんて言ったら呪い殺されそうだ。
「……絶対許さねぇよ。何が何でも連れてくに決まってんだろ」
 吐き捨てる強さで言い切られる。遠山は興味なさそうだけど、「まあ……そろそろ……諦めたら……」なんてことを言ってくる。俺は唇を噛み締める。
 高い所は嫌いだ。だって怖いし、思い出すし、いいことなんて一つもない。屋上から下見るのだって嫌だし、窓の景色も好きじゃない。木から下りるなんて問題外だ。無理やり唇を引き剥がして、どうにか声を絞り出す。
「俺の、ことは諦めてくれて、いいんだけど……」
 最悪学校で一晩明かせばいいんだ。思って言うけど、成島が「だめ!」と言い切る。遠山が「諦めるの、諦めて……」とささやき、「一人だけ逃げられると思うな」と言うのは仁羽だった。三人とも考えを曲げる気はないらしく、このままだと無理やり連れて行かれそうだ。
 思ったら、ふつり、と落ちた日のことが頭をよぎる。心臓が飛び出してしまいそうで、汗が噴き出すのがわかる。嫌だ。筋肉が強張る。少し思い出しただけで、こんなにすくんでしまうのだ。無事に下りられるわけない。
「俺、絶対、時間かかる。ちゃんと、すぐ、下りられない」
 途中で、動けなくなっちゃうかも、て言ったって、三人ともそれがどうしたのか、なんて顔をしている。当たり前みたいな顔をしてるのは、きっとわかってないからだ。大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。心臓の音がどきどき、頭に響いている。
「……絶対、迷惑かける」
 駄々こねてる時点で、すでに面倒くさいのに。さらに木から下りるなんてどれくらい厄介かわからない。三人とも困るに決まってる。置いていった方が楽に決まってる。絶対に迷惑にしかならないし、いない方がいって思うだろう。それなら俺からいいよって言った方がマシだ。
「俺なら、平気だから、三人だけで行っていいよ」
 後回しにされるのには慣れてるし。面倒なこと背負い込むタイプじゃないから、これだけ言えばきっとわかるだろう。俺のことなんて邪魔になるってわからないわけない。無視した方が簡単なんだ。床を見つめながら、精一杯笑顔に見えるよう言った。それなのに。
「でも、みんなで行こうよ」
 明るく強い言葉に、弾かれるように成島を見た。にぱっという感じで、光をいっぱいにして笑っていた。俺が言ったことなんて全然耳に入ってないみたいに、真っ直ぐ折れない言葉を投げる。
「時間かかっても、途中で動けなくなっちゃうんでも、何でもいいけど、一緒に行こう?」
 やっぱり当たり前の顔をしていた。俺がわかりきったことを言っているみたいに、そんなこととっくに知ってるよって顔。すると、「……まあ、そういうことだから……」なんてぼんやり遠山が言う。隣の仁羽も凶悪な顔で「さっさと行くぞ」と続ける。言い返そうと思ったのに、どんな言葉も出てこない。
 だって、迷惑かけるのに。駄々こねて面倒くさくて邪魔なのに。もういいよって、それならここに残ればいいって言った方が楽だって、さっきから言ってるのに。俺のことは平気だからって言ってるのに。そんなの関係ないって顔のままだ。駄々こねたって嫌だって言ったって、そんなの全部無視してる。
「……お前ら……ホント……人の話聞かないよな……」
 自分の意見を引っ込めないで、他人のことなんて眼中にない。自分の道を突っ走る三人だなんてこと、前から知ってたけど。やっぱり今も、その通りだ。嫌だとか怖いなんてことをすっ飛ばして、一緒に行くのが当たり前って、揺らぐことなく答える。
「俺の意見なんて、ハナから無視じゃん……」
 心臓の音が聞こえている。置いていかれると思った。後回しにされて忘れられるんだって思った。三人だけで行ってしまうんだと思った。そうした方が簡単だし、面倒くさくない。だけど、そうじゃなかった。何だっていいから行こうって言う。俺も行くのが当たり前だって言う。木から下りるなんて、思い出すと心臓痛いし、汗出るし、力入らなくなりそうだ。だけどそれよりも、許してくれないなら。
「……絶対、面倒くさいよ。途中で嫌になる。置いてった方が、お前ら絶対楽」
 頭に響く鼓動を聞きながら、自分に言い聞かせるように告げる。間違っちゃいけない。きっと面倒なことになるし、迷惑をかけるだけだ。きちんと伝えれば、きっとこの手は離される。期待なんてしちゃいけない。心から思っているのに、同じくらいに返ってくる答えを知っている気がした。何を言ったってどうせ意味がない。この三人が同じ方向に動いていて、俺だけ別方向へ行けるわけがない。
「うん、でも、四人一緒に帰ろうよ」
 ね、と言った後、俺の手の中のメノウ様に語りかける。ぴんくのあみぐるみがうなずいたような気がした。仁羽が「お前だけ許さないってさっきから言ってる」と答え、遠山も「もう決定だから……」とつぶやく。
 言いたいことは、たくさんあった気がした。人が怖いって言ってるのに嫌だって言ってるのに何なのお前ら、とか。落ちたらどうすんだよ骨折れるのめっちゃ痛いんだぞ、とか。嫌だ怖いって思っているはずなのに、別の所で理解していた。きっと何言ったって意味がない。どれだけ喚こうと駄々こねようと、当たり前の顔をして許さないのだ。置いていくことなんて、許さないのだ。
 深呼吸をした。言いたいことはたくさんあったはずだった。嫌だ、行きたくない、怖いのなんて嫌だ。迷惑になる。俺のことなんて邪魔になる。わかっていたのに、頭の中に言葉はいっぱい渦巻いている気がしたのに、出てくるのはたった一つだけだった。だって許してくれないなら。
「……わかったよ……」
 絶対怖いし、絶対嫌だし、出来たら止めたい。怖いことはやりたくないし、嫌なものからは逃げ出したい。心の底から思っているし、嘘じゃない。それなのに、思ってしまった。嫌だとか怖いとか逃げ出したいとか、それを上回るくらいに、応えたいって思ってしまった。
 だって許してくれなかった。当たり前の顔で、一緒に行くんだって言った。適当にあしらうんじゃなくて、無かったことにされるんじゃなくて、置いていくのを許してくれなかった。無理やり強引に、一緒に行くんだって決まってしまった。俺の意志なんて無関係で、迷惑だって知ってて面倒くさいってわかってて、それでも押し切るつもりなんだ。いくら俺が駄々こねた所で、三人にとっては決定事項だから俺が何を言ったって仕方ない。無茶苦茶だと思うのに、ひどいと思うのに、それを上回るくらい強く、応えたいって思うんだ。何よりほしい言葉をくれた人たちが望んでいるなら、怖いことも嫌なことも押さえ込んで応えたいんだ。