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Note No.6

小説置場

第六章 01

「まつりばやしがきこえる」

 一番に東門にタッチしたのは俺で、そのすぐ後に仁羽が到着した。続いて成島がゴール! と飛び込んできたのを肩で息をしつつ見ていたら、当初の目的を思い出した。
「……殴る?」
「……もう、どうでもいい」
 言ってみたら、呆れたような顔で仁羽が言う。不機嫌そうな顔をしているだろうか、と思えば唇は笑みの形をしていた。ぱたぱたと襟元から空気を送るけど、シャツの中はぬるい風が通り過ぎていくだけだった。虫の声だけがどことなく涼しい。
「あー、つい全力疾走しちゃったよ。馬鹿みたいだなー……」
 アスファルトの地面に座る。微妙に砂や小石が散らばってて少し痛いけど、気にしない。汗がゆるく落ちるのを感じつつつぶやいたら、笑えてきた。横に気配を感じてそっちを見ると、成島も座っていて目が合う。
「……うん。馬鹿みたいだよねー」
 明るい目をして、そう言った。周りを見渡せば、仁羽も座っている。ゆっくり走っていた遠山もいつのまにか到着している。月明かりと外灯が、濡れるようなアスファルトと、座る俺たちを照らす。成島の言葉に答えたのは仁羽だ。
「……馬鹿みたいっつーか、馬鹿だよな」
 言っていることはけなしてるみたいだけど、響きは違った。大きく息を吐いていて、のんびりとした口調だった。遠山もゆっくり腰を下ろして、言葉を続ける。
「……学校に閉じ込められたなんて……馬鹿以外の何者でもないよね……」
 だらりと手足を伸ばして、つぶやく。軽蔑するでも呆れるでもなく、ほのかな笑みをたたえながら。確かに客観的に見て大馬鹿なんだけど、間違いないんだけど。笑えてしまうのは、楽しくなってしまうのはなんでだろう。
「ホントになー……結局祭りも行けずじまいだし」
「お前、ここまで来ても祭りなのか」
「そりゃーそーでしょ! 夏祭りは特別!」
 感心するように言われたので、拳を握りしめて力説した。押し付ける気はさらさらないが、祭りの楽しさをもっと知っても罰は当たらないと思う。
「秋祭りも好きだけどさ、あれ神輿そんなにテンション高くないじゃん」
 やっぱり夏の階段下りとかが一番楽しいと思う、と熱心に言ってみる。遠山が「テンションの問題……?」とわりとマトモに突っ込み、成島はにこにこと「神様もあっち来たりこっち来たり、忙しいんだねぇ」とメノウ様に語りかける。仁羽は「そういう考え方してるやつが教室抜け出すんだよな……」とごちる。朝のことを思い出して、不機嫌メーターが動いたらしい。眉間にしわが寄っている。
「……いや、あいつらも悪気はないんだし……?」
 単に祭りに参加したかっただけなんだし、別に仁羽にイヤガラセしたわけじゃないよ、と声をかけた。結果的に恐怖体験目白押しだったけど。仁羽はぶっきらぼうに「わかってるよ」と答える。
「悪気あったら、やり返すの新学期まで待つわけねぇだろ」
「……」
 許すという選択肢はないらしい。新学期になったら一体何をやるつもりなんだろうな、と思って心の中で合掌。学校からだと音すら聞こえないからって、脱走した結果がコレだ。先生に叱られる云々は考えてただろうけど、まさか仁羽の復讐者リストに入るとは予想外だろう。ご愁傷様です。
「それじゃあ、帰りのお神輿の時にも行ったのかなぁ?」
「だろうなー……。どうせ山の中に学校あるんだし、もう少し近く通ってくれたらいいのに」
 そしたら気分は味わえるのに、とこぼす。水上神社までだって近くないし、神輿が通る国道も森越えないと行けないし。全然かすらないので、お祭りやってるはずなのにほとんど気分が出ない。
「……神輿のルートは……昔から……ずっと……学校の近く、通らないよ……」
「そうなの?」
 反射的に聞き返せば、遠山がこくりとうなずいた。ふわふわと、気泡のように吐き出された言葉をつなぎ合わせると、祭りが始まった時から、学校から遠いルートを通っていたらしい。伝統の一部ということで、簡単に変わることもないだろう、と言う。純粋に「なんでまた」と思ったので聞いてみたら、遠山はあっさり答える。
「ここが……人の敷地じゃなかったから……」
 人間の里まで神様を連れて行くにも帰るにしても、通るのは人の道だけだ。だけれど、この山の大半は人のものじゃなかった。人間の道を通ろうとしたら、必然的に迂回ルートになってしまって、今もそれが続いているわけで、それはつまりうちの学校がある場所は人間の領域ではなかったわけで……。
 考え込みかけたら、遠山が「まあ……学校が出来る前はね……」とつぶやく。横では、仁羽がものすごい目をして「どうせ墓場だろ、俺を怖がらせて何が楽しい?」と、胸倉をつかみかからんばかりで言う。しかし、遠山は気にせずのったり答えた。
「安心していいよ……墓場じゃなくて……人じゃないものの……村だったらしいから……」
 それは安心材料なのか。と思ったのは仁羽も同じだった。「ただの怪談じゃねぇか!」と憤る。遠山は「怪談でもいいじゃない……」とか言うけど、仁羽に取ったらいいわけがない。もっとも成島は「夏だもんね!」と笑顔だった。
「時間も時間だし……丁度いいんじゃない……?」
 薄い笑顔で言えば、仁羽が憤然と「絶対認めねぇ!」と息巻く。遠山は別にハナから怪談する気ではなかったらしく、特に反論はしないで肩をすくめるだけだった。だけど、俺はその言葉にはたと気づく。
「……なあ、今何時?」
 そういえば全然気にしてなかったけど、一体何時なんだ。俺の疑問には、成島が携帯電話を取り出して「十一時半くらい」と教えてくれた。
「十一時半!?」
 嘘、もうそんな時間かよ! 思わず叫んだら、成島は「もうすぐ十二時だもんねー丁度いいかもねー」と言っている。いや、十二時って怪談に丁度いいの? それって丑三つ時とかいう時間帯じゃないの? とも思ったけど、今はそれより気になることがある。
「うわーこの時間……もう無理だろ……」
 怒られるっていうか、もはやそういう次元じゃない気がする。思わず遠い目になってしまうのは仕方ない。連絡入れるとしたって、精々許されるのなんて八時前とかだ。夕飯までには帰る、っていうのが暗黙の了解だったのに。
「うーん、さすがにこの時間は怒られるよねぇ……。日付変わっちゃうし」
 困ったような顔をしつつ、それでも笑って成島が言った。近い未来にやって来る説教のことを考えて、俺はとても笑える気分じゃなかったけど、成島はこんな時でも笑顔だ。それを見ていたら、するりと言葉が出た。
「メノウ様は?」
「あんまり効果はないかなぁ」
 思わず尋ねたら、残念そうに成島が答えた。どうやら安全に効果はあっても、家庭内の問題には不介入らしい。管轄外なんだよねぇ、と言う成島を見つめつつ、息を吐く。うん、何かもう。メノウ様にだってどうにも出来ないならどうにもならない。
「もういいか……」
 もうこうなったら、腹をくくるしかないんだろう。門限は地味に気にしてたけど、後半忘れてたし。今から頑張ったって時間は巻き戻らないし。とは言っても、いくらそう思った所で全然覚悟なんて出来てないんだけど。どうしようもないって諦められないし、先のことを考えると怖くて仕方ない。迷惑なんてかけたくなかったし、どうなってしまうのかって思うと背すじが冷や冷やする。だけど、今どれだけ考えても仕方ないこともよくわかっている。
「嫌になっちゃうなぁ。せっかくの夏休みなのに怒られるなんてさー」
 ね、と胸ポケットからちょこん、とのぞくメノウ様に成島が語りかけた。心から同意すると同時に、俺も思いつくものがあってため息を吐く。
「成績表も持って帰るのに……これ以上怒られるアイテムなんていらないのに……」
 これで成績がよければ多少大目に見てもらえるかもしれないのに。あいにくと、そんな効果を期待出来る成績じゃないことは俺が一番知っている。ちらり、と仁羽を見て「俺と成績表交換しない?」と言ってみたら「誰がするか」と切り捨てられた。
「えーだっていつも仁羽成績いいでしょ。たまには成績悪くてもいいじゃん」
「いいわけねぇだろ。落差激しすぎて余計に俺が怒られる」
「いいじゃんいいじゃん、いい経験だって!」
「そんな経験要らねぇよ。大体、お前なんて怒られ慣れてるだろ」
「え、いやそんな」
「別に褒めてねぇ」
 冗談の空気に乗って照れる顔で言ったら、案の定仁羽からツッコミが入る。まあ、確かにそれなりに怒られることはやってるから、最近は真面目な顔で聞き流すのがだいぶ上手くなった気がする。
「でも、仁羽に比べたら誰だって怒られ慣れてるでしょーよ」
 成島だって怒られるだろ、と聞いてみる。学校でしょっちゅう色々言われてるからイエスだと思ったら、予想に反してううん、と首を振られた。
「僕はねー、学校ではたまに怒られるけど、家ではあんまり怒られないから」
 学校でもなんで怒られるのかわかんないんだよねー、と言っているけど十中八九原因は胸ポケットのメノウ様関連だ。……しかし、家で怒られないとなると家公認なのか、諦めてるのか。果たしてどっちか。
「まあ……よく怒られるって言ったら、遠山だろ」
 面白そうな顔で仁羽が、遠山に軽く言葉を投げた。確かに、教師と遠山が対面している場面はよく見る。そして、見るたびに注意を受けて叱られて怒られている。遠山は仁羽の方へゆっくり顔を向けた。横顔を月の光が照らす。
「うん……学校だと、どうしてかよく怒られるんだよね……」
 心底不思議そうな顔をしてるけど、不思議に思える方が不思議だ。授業中は基本的に寝てるし、忘れ物と未提出物の王者だし、授業中に指されても答えず、立たされたらそのまま眠った、とかいう噂も流れている。むしろ、先生たちもよく諦めないで怒ってると思う。
「うちは……ほら……妹以外どうでもいいから……家だと……全然怒られないんだけどね……」
 月の光に照らされて透き通った横顔から、そんな言葉が漏れた。やわらかく告げる。
「……俺に興味なんてないから……別に、怒られるとか……ないんだよね……」
 ゆるやかに語る遠山はぼんやりと前を見ていた。遠くを見つめる目をして、何かを見つけようとするみたいに、視線を送っている。
「いつもそんな感じだから……今日も平気だと思うし……当たり前なんだけど……」
 ゆったりと、まなざしが動いた。遠山はわずかに考え込む顔をして、心の中を探っている。俺たちは何も言わず、言葉の続きを待っている。テンポが遅くても、紡がれる言葉を待っている。
「妹ばっかり構って……気にされないのが……いつも通り、なんだけど……」
 たっぷりの沈黙の後つぶやいた言葉は、口の中に溶ける。ちらりと瞳が動いた。眠そうな目ではないけれど、はっきりしてもいなかった。ゆらゆらした目はアスファルトを見つめて、つぶやく。
「妹見てると……落ち着かなくなるよ……」
 複雑な気分……と、ぼんやり続けた。言葉は少なかったけど、切れ端が届いた。きっと遠山にとってそれは当たり前のことなんだ。日常の一部で、事実なのも変わりない。だけど、どうでもいい顔をしなかった。何てことない顔をしなかった。独り言より少しだけ大きな声は、決して全部呑み込んでるわけじゃないと告げる。些細な一欠片でも、俺の耳は確かに拾ったから。
「落ち着かないで済むだけ偉いと思う」
 心から正直に言ったら、遠山が目を開いて俺を見る。返事があったことへの驚きか、内容に対する反応か、どっちかはわからないけど。遠山が言ったなら、俺はちゃんと答えたいな、と思う。
「……俺だったらさ」
 深呼吸をしてから、言葉を選びつつゆっくりと言う。
「たぶん、妹のこともっと恨んだりとかしそうな気がする。俺一人っ子だからわかんないけど……もし、他の家族にかかりっきりで、自分のこと忘れられるとか、すげー嫌だもん」
 一つずつはっきりと口に出す。案外簡単に言葉は唇から離れて、嫌だってちゃんと言えた。遠山は俺の言葉を聞いている。
「だから、複雑ってだけで済んでて、遠山は偉いなって、思うよ」
 すげーよ、と言ったら遠山が意外そうな顔をして俺を見ていた。眠そうじゃなくて、きちんと起きている顔はとても貴重だ。目を逸らさずに見返すと、強い瞳が真っ直ぐ俺を捕らえる。