Note No.6

小説置場

第六章 02

「俺だったら絶対、無駄に悪あがきする自信ある。いないみたいな、必要じゃないって思われるの、俺マジで駄目だもん」
 だから、馬鹿みたいでも俺を見てくれって頑張っちゃうよ。なるべく軽くそう言ったら、ふわふわした笑い声が返ってきた。それは遠山からじゃなくて、メノウ様を握りしめた成島だった。
「そうやって、諦めないで頑張っちゃうのが園田のすごい所だよねぇ?」
 問いかけられたメノウ様は、成島の手の中でこくこくとうなずいた。成島は、月の光の下で、それでも太陽の匂いのする笑顔を浮かべる。重さを感じさせず、ただやさしく降り積もるみたいな笑み。
「僕も見習わなくちゃ。お姉ちゃんにいつか会えるの、諦めちゃだめだね」
 たぶん日本にいると思うし、日本じゃなくたって地球上にはいると思うんだよね! と朗らかに言うけれど。それが安心材料になっている所が成島だと思う。地球上って、範囲広すぎるから! めげるから!
「……世界何周する気だよ」
 呆れ顔で言ったのは仁羽だけど、遠山はむしろ納得している。地球外にいるわけじゃないし、どうにかなるんじゃないの……と言う顔が本気だ。
「メノウ様もいるしね……?」
「でしょ! メノウ様がいたら、きっといつか会えると思うんだよね!」
 きらきら、と目を輝かせて遠山の言葉に同意する。ううむ、メノウ様の管轄が本気でわからない。わからないが、確かにメノウ様なら出来そうって気はする。
「メノウ様はねー、すごいんだよー」
 心底楽しそうに語り出すのはメノウ様の逸話の数々。噂話で聞く度うさんくさいと思ってたのに、本人が話しているとやけに説得力がある。何回も聞いていると、メノウ様なら、奇跡だって起こせるかも、なんて思わせてしまうのだ。よどみなく語り終えると、「そうだ!」とぱっと顔を明るくした。突然閃いたらしい。
「すっごく頑張ってお願いしたら、仁羽の怖がりも治してくれるかもよ?」
「余計な世話だ」
 仁羽が苦々しい顔で即答。成島は唇を尖らして「メノウ様信じないの? 罰当たるよー」とか言ってるけど。
「……そういう問題じゃねぇよ」
 口調がぞんざいなのは、たぶん怖がりって言われるのが恥ずかしいからだ。ほんのり頬が赤い。触れられたくないんだろうなぁと思うけど、そんな空気を微塵も感じない人間がここには二人もいるのだった。
「あ、それとも治したくないのかな。そっか、そうだよね、怖がりなくなったら仁羽じゃないもんね!」
「そうそう……チャームポイントだから……」
 検討外れの方向へ話が転がっていくにつれ、仁羽の眉間のしわがどんどん深くなる。握りしめた拳が震え出すけど、遠山と成島は気づかない。
「美術室で……悲鳴あげて逃げたとか……面白いしね……」
「トイレ一人で行けないとか、夜の校舎が怖いとか、人間っぽいもんね」
 世間話に話を咲かせる雰囲気でそんなことを言い合っていたけど、ついに我慢しきれなくなったらしい。「あのな、お前ら」と仁羽が口を開いた。
「俺は、俺が怖がりだって話なんぞされたくねーんだよ」
 怒っているというよりは困った顔だ。眉を吊り上げているわけじゃなくて、どこかしょげているようにさえ見える。握られていた拳はいつの間にか開いていた。
「……だからいい加減にしろ」
 ぽつり、と落とされる。怒りに任せた言葉じゃなくて、不貞腐れるみたいな、弱ったみたいな声。こんな風に言うのは珍しいはずなのに、何だかやけにしっくり来てしまった。有りえないとは思わないけど、めったにない貴重なもん見たな、て気分。それは他の二人も同じだったみたいだ。
「そっか、チャームポイントは小出しにした方がいいよね!」
 それはもうにこやかに成島が言い切る。遠山も「……言いふらすことでも……ないしね……」と続ける。俺も「そうそう、怖いものなんて誰にでもあるじゃん」とうなずきかけるけど。
「……ん、あれ? 成島と遠山の〝怖いもの〟が全然思い浮かばない」
 お前ら怖いものあんの? と聞いたら、遠山と成島が顔を見合わせた。それから、それぞれ明後日の方向を眺めるけれど、二人とも首を傾げるばかりだった。
「……だよな。どう頑張っても俺の頭は、お前らが何かに怯えている姿を想像してくれないんだよ」
 むしろ、成島は何がやって来ても真っ向からメノウ様で退散するし、遠山は何が起きても眠ったままで全てが終了するイメージ。仁羽に「思いつかなくね?」と聞いてみたけど、上手く想像がつかなかったらしい。「無理だな」と返ってくる。
「いやー……すごいよなー……。ホント、お前らは面白いよ」
 怖いもの思いつかないとかお前ら何者だよ、としみじみ言ったら、遠山は「仁羽の方が面白いよ……」とつぶやく。言われた仁羽は心外そうに、「お前の方がよっぽど奇天烈だろ」とか言い合っていた。だけど、成島はそんなことまったく気にしなかった。
「四人一緒が、一番面白いって。メノウ様が言ってるよ」
 胸ポケットのメノウ様を示して、当たり前の顔で言い切る。成島はやけに自信たっぷりの顔で、誇らしそうに胸を張っている。月の光がさらさらと注いで、頬が光っていた。重大な新発見でもしたような口ぶりで、誇らしそうに言う。
 誰も何も言わなかったけど、見れば遠山は薄ら笑っているみたいだった。月の光に透き通るような顔に、悪戯っぽい目がきらきらしている。仁羽も唇の片端だけを上げて、挑みかかるような、やけに力強い顔をしている。それはどんな言葉よりも、しっかりとした答えだ。否定しないってことが二人の答えだ。成島の言葉に首を振る理由がないって、みんなわかっている。だから、いいんだと思った。難しいことなんて考えないでもいいんだ。そう思ったら、脳みそ通らないで、ぽろっと言葉が落ちた。
「……うん。何か、ええと、楽しい、よな」
 笑い出したいような、恥ずかしくて叫び出したいみたいな感覚に、胸の奥がふわふわする。落ち着かないけど嫌な気持ちじゃない。誇らしくて嬉しくて、だけど何だか顔を合わせるのが照れくさくて、俺は視線を動かす。そしたら、少し欠けた月が出ていることに気づいた。
 今まで夜は黒一色だと思ってたけど、月の周りはグラデーションになっていて、薄い色が周囲を取り囲んでいる。それに、真っ直ぐ見てみると月の光は思っていたより明るかった。もっと控え目で、抑えてそうな感じがしてたのに。太陽に比べればそうでもないけど、光は強い。結構明るいんだな、とつぶやくと、成島が答えた。
「……でも意外と小さいよねぇ? 絵描く時って、もっとさー、大きくない?」
 成島も俺と同じように月へ目を向けて、あれじゃあメノウ様と行けないねぇ、と胸元のうさぎに言っている。
「地球の四分の一あるんだぞ。充分じゃねぇか」
 置いてきたら広くて喜ぶんじゃねえの、とか言うので、成島が「メノウ様ひとりきりに出来るわけないでしょ」と唇を尖らせた。すかさず遠山が口を挟む。
「大丈夫……月には兎がたくさんいて、おもち作ってるから……」
 ものすごく真面目な顔でそんなことを言っている。垣間見える遠山のファンシーな一面? と思っていたら、真剣な顔で続ける。
「でも……月には労働基準法はないからね……。日夜厳しい労働を課されているんだよ……」
 成島は、「そうなの? じゃあよけいメノウ様つれていけないね!」と叫び、俺と仁羽は黙り込んだ。
「……なぁ、仁羽」
「……何だよ」
「アレは『かわいらしい話だね』って片付けるべきかな」
労働基準法が出てくる時点でかわいらしくねぇけど、深く突っ込むな」
 確かに。色々突っ込む点は多いけど、深く関わってはいけない気がする。成島と遠山はまだ何か話してるけど、それもなるべく聞かない方向で行こう。
「……あーあ。来年は行けるかなー、お祭り」
 つぶやいたら仁羽が笑った。吹き出したみたいで、珍しいな、と思う。
「お前……ほんと好きだなぁ」
「うん。何かわくわくするんだよね」
 うなずきながら思い出す。参道沿いに並んだ屋台。石の道を走り抜ける。じゃがバター、やきそば、りんごあめ、たこやき、ベビーカステラ、あんずあめ、わたあめ、お好み焼き、クレープ……。金魚すくいとかヨーヨー釣りとかスーパーボールすくいとか、射撃、型抜き、くじびき、お面……。それに、普段は静かでひっそりしてる神社が、お祭りの日だけはにぎやかだ。笛の音や太鼓の音、屋台の呼び込み、たくさんの人が交わし合う、会話の破片。神輿のお囃子も行列も、いっそうお祭りをにぎやかにする。暗い森も、屋台のちょうちんに照らされてほんのり明るくなる。
「お囃子が聞こえてたからさー、余計諦めつかなかったんだよ。まだやってる、まだ間に合うって思っちゃて」
「……まあ……それはわからなくも……」
 ねえけど、と続けながら、仁羽が黙った。笑いの残っていた目が急に鋭くなり、遠くへ視線を向ける。考え込んでいるらしいけど、俺にはその意味がわからない。ただ黙って見ていたら、仁羽は少しの沈黙を流した後、こっちを見た。真剣なまなざしで、ゆっくり聞く。
「……お囃子、聞こえたよな……?」
「え、うん。図書室で一緒に聞いたじゃん」
 その後もちまちま、たまに聞こえてたよ、と続ける。仁羽もそうだったらしく、だよな、とつぶやく。
「神輿は、いつ帰ってきたよ?」
「へ。そりゃ、あれだろ、俺たちが美術室にいた時。ものすごいタイミングで鳴ったじゃん、号砲」
 あれが、神輿が帰ってきたことを告げる合図だってことを知らないはずがない。毎年の話だし、仁羽だし。「だよな」とうなずくので、どうやら確認がしたかっただけらしい。
 仁羽は、ずっとしゃべっていた遠山と成島を呼んだ。そして同じように、お囃子が聞こえたかどうか尋ねる。案の定二人はうなずいたけど、どうしてそんな質問をされたのかわからないらしい。仁羽は二人の疑問を気にも留めず、やっぱり同じ質問「神輿はいつ帰ってきたか?」を投げる。
「……仁羽が……逃げた時でしょ……?」
「すっごい叫び声だったよねー」
 やや気まずそうな顔をする仁羽だけど「それはいい」と答える。俺はそんな三人を眺めつつ、一体仁羽は何がしたいんだ、と考える。神輿があの時帰ってきたことなんて、みんなわかってるのに。だからこそ、俺はこうして祭りが終わったことを嘆いているわけだ。だって朝の階段下りが見られなかっただけじゃなく、帰りの階段上りも見られなかった。威勢のいいかけ声も、テンション高い神輿行列も、鳴物も見られず。お囃子は聞いたけど本物は見られなかったし……。
「……ん?」
 何かおかしいな、と思った。考えようと頭を探っていたら、遠山の声が響く。
「神社とか神輿は確かに……遠いけど……。絶対聞こえないってことも……ないんじゃない……?」
 やたらと不思議がる仁羽にそう返した。うん、俺もそう思う。意外とよく聞こえるなーって思ったし、ちょっとあれって思ったけど絶対聞こえないってわけでもないだろうし……と内心でうなずいていたのだけれど、モヤモヤが去らない。
 成島は二人のやり取りを交互に見ていて、仁羽は厳しい目をしたままだ。呪い殺しそうな凶悪な目に、新学期早々復讐されるヤツラの顔が浮かんだ。阿呆だよなぁ、と思ったのも束の間、違和感の正体を知る。
「ああっ、神輿行列か!」
 朝、HRを抜け出した数人は何て言ってた? 「教室にいたんじゃ、祭りに参加出来ない!」「せめて音だけでも祭りの雰囲気を味わいたい!」って言ってたんじゃなかったか?
「国道通る神輿行列、学校からじゃ聞こえないんだって。だからあいつら教室抜け出したんだって!」
 思わず叫んだけど、あれ、おかしくないか、何かものすごく。俺が気づいたってことを理解して、仁羽の目元は少しだけ和らいだけど、すぐに戻って眉間にしわが出来る。
「……そうだ。お囃子の音は確かに聞いた。……けど、俺たちそれ以外、聞いてねぇよな」
「……お囃子以外……の音」
 成島がぽつりとつぶやく。仁羽の言いたいことは大体わかっているのだろう。お囃子が届くなら、聞こえたはずのもの。遠山も成島も、居心地の悪そうな顔をしている。
「神輿行列って帰って来る時、何があるんだっけ?」
「……お囃子と鳴物と、パレード……?」
 考え込みながら、成島の疑問に答えるのは遠山だ。補足するように仁羽が続ける。
「祭囃子は太鼓・笛・鉦。あと鳴物は銅鑼とか木魚とか、もっとでかい太鼓。ついにでパレードに至ってはトランペットやらドラムやらだよ」
 想像しなくても、すぐ瞼の裏に思い浮かぶ。去年見た風景で、階段を騒々しく登っていく姿だ。音が近づくとそれだけでわくわくした、たくさんの楽器の音。うるさいくらいに響いていた。