Note No.6

小説置場

第七章 01

 虫が鳴き始めた。何事もなかったみたいに、まばたきした間に全てが切り替わったんじゃないかというくらい、自然に虫が鳴いていた。木はぎしぎし揺れることもあるけど、どっちかっていうと俺たちの重みのせいらしい。風も吹くけど生ぬるいし、耳を澄ますとどこかで車が通っている。音が戻っている。塗り替えたみたいに、見慣れた学校だ。急激な変化に、四人そろって呆然としているしかない。もしかして夢でも見てたんじゃないかと思ったけど、ふとにぎりしめた手は確かに冷たかった。
尾西せんせー?」
 最初に回復したのは成島で、真っ先に声をあげた。その声を合図に、俺たちも我に返る。声をかけられた先生は、成島くん? と言った後、次々と顔を出す俺たちに呆れたようなまなざしを向けてくる。
 まず成島がのそのそと木から這い出し、塀の上から先生が立っている道路へと、うまく着地する。遠山はゆっくり塀の上に下りたけど、そのまま飛び下りようとするから全員で止めた。俺と仁羽も同じ手順を辿ったけど、塀の上も充分高くて散々ゴネたら、仁羽に突き落とされて道路に着地した。おかげで、仁羽はフツーに両足で、俺は四つん這いに近かった。間抜けすぎる。最後に、塀の上で待っていた遠山に手を貸して、先生の前に四人がそろう。職員室の時みたいに、廊下を歩いてた時みたいに、横一列に並んでいる。
 先生は何とも言えない顔をしたけど、「とりあえず全員いるわね」と確認するのでうなずいた。相変わらず電波状況は最悪みたいで、携帯電話での連絡を諦めた先生は、俺たちをまじまじと眺めて、言った。
「もしかして……、ずっと学校にいたの……?」
「うん、そう!」
 元気よく成島が答えると、先生は頭を抱えた。言いたいことが山ほどあるらしく数秒考え込んだみたいだけど、顔を上げる。
「ちょっと待って、四人とも。校庭で遊んでたわけじゃないわよね……?」
「うん。学校の中にいたよー」
 成島が満面の笑みで答えると、きつい目で「校舎に鍵かかってたでしょう」と言われた。どうやって出たの、と続いて俺たちは顔を見合わせる。素直に言ってもいいのかな、と思ったけど嘘吐いてもすぐにばれるだろう、と判断した。
「……二階の窓から木を伝って下りてきましたけど」
 冷静な声で仁羽が言う。学校を出た所為なのか、ものすごく落ち着いている。これが廊下歩いてる時に涙目だったり、本気で怪談に怯えてるやつだったりするとは思うまい。心の中でひっそり思っただけなのに、遠山と成島も口元がむずむずしていた。仁羽はなぜか気づいて、ものすごい顔で俺たちを見ている。
 先生は先生で、仁羽の返答に卒倒しそうになっていた。怪我したらどうするの! と叫んでいる。結果的に無事だったからいいじゃないですか、とか言ったらきっとまた職員室の二の舞なんだろうなぁ、と思った。
「そういう危ないことすると、いつか取り返しがつかなくなるからね! 遠山くんは怪我してるし、それだけで済んだからいいようなものの……」
 先生の言葉に遠山はぼんやりしているけど、俺たち三人は遠くを見ている。危ないことっていうか、逃げた俺たちに驚いて転んだだけなんだけどな……それって危ないのかな……。そんなことを考えている間も、先生のお小言は止まらない。自分だけは大丈夫だとか思ってもそれは間違いだ、いつ何時自分の身にふりかかるかわからない、危険はなるべく回避しなさい……とかどうのこうの。反論しないで黙って聞いていたら、先生は一通りつぶやき終わったらしく、しめの台詞を言った。
「……まぁ無事だったから今回はいいけど……次からは気をつけなさい」
 俺たちはしおらしく返事をしておく。反論するととんでもないことになる、ということは本日身を以って体験してしまった。素直に言うことを聞いておくのが一番いいのだ。うなずいたのを確認すると、帰りましょう、と俺たちをうながした。
「早く電波の入る所まで出ないと、連絡出来ないし。あ、家まで送って行くからね」
 そう言って、大通りへの道を歩く。大通りに出て少ししたら電波も入るだろうから、そこで連絡するのだろう。四人並んで足を踏み出すと、ちょっと前を歩いていた先生は歩調を緩めて、俺たちに並んだ。
 正面には月があって、道の端にある電柱には外灯がついている。やけに明るい光は、目を射抜いてくらくらする。弱い光に慣れていた所為か、外灯を直接見ると目がちかちかした。一歩一歩、アスファルトの道路を歩く。学校が遠くなる。ずっといたような気がする。長い時間を過ごしたような気がする。学校が、遠くなる。
「……こうしてみると……別に普通だよね……」
 隣を歩く成島が、ぽつりと言った。ふと周りを見れば仁羽も遠山も学校を振り返っていた。成島の言葉にうなずき返してから、俺も振り返る。暗い影の形をした校舎。一歩前に進むごとに学校は遠くなる。周りにある木の影に阻まれて、段々学校自体も見えなくなる。特別不思議なことが起きるわけでもなく、前へ進めば校舎は後ろへ去って行く。大通りまでの長い一本道は、いつもと同じように景色を送っていく。俺は前を向いた。
「……お祭りに行ったのかと思ってたけど……、一応学校まで来て正解だったわね」
 先生はつぶやいてから、大体の事情を話してくれた。話を総合すると、各家庭はそのままお祭りに行ったのだろう、と思って帰宅時間が遅いことを特に気にしていなかったらしい。でも、全然連絡はないし、帰って来る気配もない。さすがにおかしいと思い始めて、家ごとに学校やらクラスメイトの家やらに連絡を開始。それでも居場所がわからなくて、十時過ぎには学校や先生に連絡が行き、捜索が始まったらしい。
「お祭りの後中々帰らない子もたまにいるから、あなたたちのうち誰かはそうかもしれないって思って、先生たちでしばらくは神社や周りを探してたんだけどね」
 それでも全然見つからなかったらしい。そりゃそうだ、ずっと学校にいたんだから。
「行方不明なのがあなたたち四人だって言っても、さすがに帰ってると思ったのよ」
 自分が居残りさせた四人だとはすぐ気づいたが、もう祭りにでも行っているだろう、と判断したらしい。「意外と仲良くなって遊び歩いてる可能性もあるかなって、繁華街とかも探したのよ」と、のんびり言うけど。たぶんその考えになる人はあんまりいないと思う。先生たちだって、この三人の浮き具合はよく知っているはずだし。
「だけどどうも見つからないから、まさかとは思って来たんだけど……」
 本当にいるとは、みたいなことを言われた。そんなこと言われたって、好きで学校にいたわけじゃない。むしろ心から不本意な結果だ。先生は「中々気づかなくてごめんなさいね」と言ったけど、思い出したように目つきを鋭くした。
「でも、事故か誘拐かって大騒ぎだったんだからね」
「え……そんなオオゴトに……?」
 恐る恐る聞いてみたらあっさり、なってるに決まってるでしょ、と言われた。今何時だと思ってるの、と言うので何時なのかな、と思った。成島がさっと携帯を取り出し、「あ、十二時過ぎてる」と教えてくれる。なるほど、ついに日付を越したか。そりゃあ事件にもなるか。よかった、明日から夏休みで、とつくづく思った。そうでなかったら、学校でうるさく言われるに決まっている。
「お祭り終わってからは、先生全員所か、PTAの方とかお祭りのスタッフさんも探してたんだからね。まあ、ほとんど神社か駅の方だけど」
 先生の言葉に、へえぇぇ、と成島が感心している。遠山は目を丸くし、俺もうわあって思った。そんな人数が動いていたとは、夏休みでも何か言われそうな気がしてげんなりした。だけど、仁羽だけは違った。外灯の光が、強く横顔を照らしている。
「……お祭り終わってたんですか」
 厳しい目で質問すると、先生は怪訝そうな顔をした。一瞬その意味がわからなかったけど、すぐに気づいて答えを待つ。先生はなんてことないように短く答える。
「九時には終わったわよ。号砲は聞こえたでしょ、さすがに」
 それから、山にも入ったし隣町にも行ったしで大変だったんだから、とぶつくさ言うけどそれは置いておく。俺たちがお囃子を聞いたのは、十二時になるかならないか付近だったはずだ。無意識のうちに両腕をさする。
「……お囃子だけ別行動とか……してたのかもよ……?」
 無駄だと思いながら言ってみたら、何も知らない先生が思いっきり否定した。
「何言ってるの。お囃子だけ別行動なんてする意味ないでしょ。お祭りでやるから意味があるんじゃない」
「そーですよね……」