Note No.6

小説置場

第七章 02

 ごもっとも。とっくに祭りも終わってる時間帯、普通ならお囃子が出歩くはずがないのだ。だったらあれは何だったんだって話だけど、たぶん考えたらいけないんだ、と結論を下した。三人も同じ結論になったらしく、それぞれの顔を見ると神妙な顔で唇を結んでいる。先生は俺たちの変化を気にも留めず、話を続けた。
「だいぶ心配されてたわよ。顔を見たら安心するとは思うけど……まぁ、ご家族にはしっかり怒られなさい」
 にこやかな笑顔で言ってのける。両親に怒られる姿が簡単に想像出来て嫌になる。門限破っただけじゃなくて、今回どれくらい大人数が動いていたのかを考えると、胸の奥が落ち着かない。やりたくてやったわけじゃないけど、迷惑かけた人の数を考えると家に帰るのが嫌になってきた。足取りが重い……。思わず大きくため息を吐いたけど、それは仁羽も同じだった。すっかり顔を曇らせている。
「電波入ったら、まず家に電話しなさい」
 のんびり言うけど、心から電話したくない! と思った。遠山はいつものように無反応だけど、成島は別に何とも思っていないのか「はーい」と元気よく返事をする。それから、俺と仁羽がどんよりしているのに気づいたのか、成島がこっちを見た。胸元にメノウ様を握りしめながら。
「大丈夫だよー。怒られたら、メノウ様が慰めに行くから!」
 やけに胸を張って「何があってもメノウ様は味方だからねー」なんて言う。あまりに当然の顔をしていて、反射的にうなずきそうになった。仁羽も成島を見つめたまま黙って聞いてたけど、思い出したように反論する。
「……世話になる気はねぇぞ」
「遠慮しないでいいよ。絶対メノウ様は、守ってくれるんだから」
 慰めに行こうねー、とメノウ様に語りかける。まったく意見を聞かない成島に、仁羽は苦々しげに舌打ちをしたみたいだけど、うまくいかない。心持ち唇の端が上がっているのは、仁羽もちらりと思っているんだ。それを見ていたら唇に笑みが浮かんだ。
 何も変わりはしないんだけど、怒られるのは決まってるんだけど。メノウ様だったら、と思う。確かにメノウ様なら、問答無用でこっちの意見なんて無視して、全力で味方になってくれそうな気がする。いくら迷惑かけたって、怒られたって、何もかも否定されたって、メノウ様はいつだって見捨てないんじゃないかな、なんて。
 そんなことを思っていたら、成島がのんびりせんせー、と呼びかけた。
「ねー、僕たち全員、怒られるの?」
 ゆったりとした口調で、ぱっと見ると笑っているようにも見えた。先生はちょっと言いよどんでから、答える。
「……怒られるでしょうね。園田くんの家も、遠山くんの家も、成島くんの家も、仁羽くんの家も、かなり心配なさってたわよ。全員ちゃんと、怒られなさい」
 ちゃんと、という所が強かった。仁羽は顔をしかめている。成島はなぜか楽しそうにそうかー、と言っている。怒られるのが楽しみだったらぜひとも俺の分も怒られてもらいたいんだけど、なんて思ったのだけれど。眠そうに受け流すのではなく、ちゃんと目を開いている遠山を見たら納得した。ああそうか、全員って言ったもんな。三人でもなく四人とも、全員だって。
「……まあ、そういうことだから。一緒に怒られよう」
 ぽん、と肩に手を置く。仁羽が苦々しく言う「……貴重な体験だと思っとけよ」は、たぶん自分にも言い聞かせてるんだろう。遠山は何も言わなかったけれど、眉が寄っている。
「……こんな時だけ……気にしなくたっていいのに……」
 不満そうに唇を尖らせて言う様子が不貞腐れているみたいで、思わず笑みが浮かんでしまう。気にされないのが当たり前で、全部受け入れたみたいな顔をして。それでも、消化しきれないものを抱えていたって知ってるから、何てことない顔をしなくてよかったって思う。
「真顔で聞き流す方法教えようか」
「別に……寝てるからいいよ……」
「それは余計怒られるんじゃねぇか」
 仁羽がつぶやけば、「そうかな……?」と遠山が首をかしげるので、俺も仁羽に賛成した。
「怒るだろー。真面目に聞けって言われるよ」
 きっとちゃんと怒るんだろう。どうでもよくないから、真正面から怒るだろう。それが嬉しいなんて全然思えないけど、むしろ嫌だし怖くて仕方ないし全力で逃げたいけど。でも、やっぱり少しだけ思うんだ。怒られないのも、それはそれですっごい怖いことなんじゃないかって。
 成島は俺たちのやり取りに、一通り納得したようにうんうん、うなずいていた。それから、思い出したように声をあげた。
「そうだ、せんせー。でも僕たち、好きで学校にいたわけじゃないんだよ」
 鍵が閉まってて、出られなかったんだよ、と言うからそうだ、と思い出した。元はといえば、シゲちゃんが中を確認しないで鍵閉めるからこんなオオゴトになったんだ。先生に怒られるのは俺たちじゃなくてシゲちゃんだ。仁羽もここぞとばかりに声をあげた。
「そうです。先生、どうして内側から鍵が開けられないんですか? それが出来さえすれば、今回こんな事態にはならなかったんです」
「どうしてって言われてもねぇ……。学校が建った時からそうなんだし、仕方ないでしょう」
「それなら改善すべきではないですか? 今回このようなことも起こったわけですから。……中を確認しないで施錠を行うような用務員がいても、これなら外へ出ることが出来ます」
 挑みかかるみたいだったけど、先生は笑って受け流すだけだった。何回も繰り返してきた答えを口に出すようになめらかだ。
「でも、きっと意味があるのよ。内側から開かないようになってることにだって、理由があるからそういうつくりなんでしょう」
 内側から開かない理由って何だ。もしかして昔は懲罰房だったとか刑務所だったとかそういう系統の話か。それなら内側から開かない理由にもなるけど、それはすごく解明されなくていい謎だ。知らないで卒業したい。
「……ですが、先生。いくら理由があるとしても――いえ、理由があるからそういう鍵になっているんだとしたら、なおさらです。きちんと人の有無を確認してから、施錠を行うべきなのではありませんか」
 その通りだ、とうなずく。成島や遠山も「そうそう」とか「まあ……」とか同意している。それさえしてもらえてれば、俺たちは学校に閉じ込められなくて済んだんだし。だけど先生は、涼しい顔で言った。
「だってあなたたち、下校時刻守らなかったんでしょう」
「……」
 その通り過ぎて、仁羽が言葉につまる。俺たちも黙る。確かに、学校には下校時刻がある。その時間には帰らなくちゃいけない。生徒手帳にも書かれている、立派な校則だ。ただ、それを守ってる人間なんてほとんどいない、というだけの話で。今日に限ってマトモに仕事をされたのは運が悪かったけど、真面目に仕事をしたことに文句もつけられない。
「確認もしなかったんでしょうけど……下校時刻守れば閉じ込められなかったんだからね」
 さすがに重原さんも、下校時刻前に鍵を閉めたりしません。きっぱり言い切られて、いやまあそうなんだけど、と思った。結局は下校時刻を守らなかった俺たちの責任、ということになるらしい。渋々うなずく俺たちに向けて、先生は言う。
「……だから、六時までに帰りなさいって言ったでしょう」
 先生が笑ったような気がして、思わず先生を見た。その横顔は普段見慣れた先生の顔だから、特に何もないはずなのに、ひっかかる。見たことあるはずなのに、思い出せない。何かを忘れているような気になった。数学のテストで、間違ってることだけはわかるのに、どの式が間違ってるのかわからない――そんな感覚。続けて、先生は言った。

「今日はお祭りだからって」

 楽しそうな声。先生は特別な意味をこめて言ったのではないかもしれない。だけどその言葉がやけに大きく聞こえて、思わず立ち止まる。先生は同じ響きで言葉を重ねた。
「まあ、〝今日〟 はもう終わっちゃったけど」
 だからお祭りも全部終わり、と声は続く。ぽつぽつと落ちる外灯と月の光に照らされて、道路の上に落ちた四つの影が前を行く。ぼんやりと見送りかけて、少し間を置かれてしまったことに気づいた。俺は慌てて走り出して追いつき、何でもないように合流した。月の光を受けて歩き出す、けど。
「……っ?」
 振り返り、アスファルトの上を這う影を見た。まばたきをして、目をこする。まぶたを閉じて、開いて、もう一度見た。さらに二、三度まばたきして、強く目をこすった。俺の行動に気づいたらしい成島が「どうしたの?」と聞くから、それ以外も俺を見る。弾かれたように顔を戻し、俺を見つめるそれぞれの顔を見つめ返す。成島は単純に不思議がっているし、遠山は興味なさそうで、仁羽は不審そうだ。先生は、と思ったら目が合った。目が弓形になり、笑ったんだと思った。悪戯っぽいっていうよりもっとこう、「してやったり!」みたいな。悪戯を仕掛けてそれが成功した時みたいな――何だか誇らしげに。