Note No.6

小説置場

夏の声 02

 一通り話を聞いた俺が下した結論は二つ。一つ、スイカをもらうことには異論がないっていうかむしろ大歓迎だということ。(親にも聞いた)二つ、とはいっても量的に俺だけじゃ無理。
「というわけで、成島と遠山も呼ぼう」
 ドーナツを食べ終えてそう言うと、仁羽が怪訝そうな顔をした。いちいち面倒くさい、みたいな顔だった。俺は苦笑しながら、「だってその量、俺だけじゃ持って帰れないよ」と告げる。
 改めて話を聞いたら、仁羽の親戚では謎のスイカブームがあったとしか思えないくらい、スイカが大量生産されていた。豊作だったというのと、広めの畑で作ったから、とかいう理由もあったんだろうけど。
「嬉しいけどさ。でも、そんなに一度に食べられるわけじゃないから、あんまりたくさん持って帰れないし。でも、遠山と成島も持って帰ってくれたら、丁度いいんじゃないかなって」
 それでも多いけど、三人で分けるには適度な数だと思う。仁羽は俺の言葉に「まあ、それもそうだな」とうなずいた。案外あっさりと承諾してくれたのは、自分の家のスイカを思い浮かべたからかもしれない。大量のスイカをもらっても困る、ということにかけては、恐らく仁羽が一番よくわかっているはずだ。
「ってことで、成島にはメールしといた。スイカ好きだって言ってたし、やっぱりもらいたいって」
 受信したメールを見ながら告げると、仁羽が唇の片端で笑った。「無駄に仕事が早いな」と言うから「やる時はやるんですー」と返しておく。仁羽は、今度はさっきより少しだけ大きな笑みを浮かべた。
「どうする? 駅前のミスドにいるって返せばいい? 仁羽の家に取りに行けばいい感じ?」
 これからの動きを伝えとかないと困るだろう、というわけで尋ねると、仁羽はわずかに考え込むような空気を流す。それから、ゆっくり「いや」と首を振った。
「桜上から持ってくるっつってたから、それをもらってくれればいい。今朝採ったやつな」
 隣町の名前を挙げてそう言うので、どうやら親戚の人がわざわざこっちまで来てくれるらしい。採れたてのスイカを直送って何か贅沢な感じ。でも、わざわざ悪いから別に古いのでもいいのに、と言ったら仁羽は不敵に笑った。
「"友達がいない"発言を撤回させてやるんだよ……!」
 ぎたぎたとマグマが煮え立つような笑顔で言うので、ああよっぽどその発言がシャクだったんだな……と思った。今の仁羽にとって大事なのは自分が馬鹿にされた発言を撤回させることであって、スイカとかわりとどうでもいいんだろう。一通り呪いを吐き出した後、仁羽は不満そうな顔で告げた。
「どうせ車だからな、仰木公園に来いだとよ」
「ああ、そっちのが駅より近いしね……それじゃ、とりあえずここにいるってこと送っとく」
 仰木公園に直接行っても暑いだけだし、一度こっちに合流した方がいいだろう、というわけで成島にメールを送ると、すぐに返答がやって来る。「すぐ行くね!」という言葉と、にこにこマークの笑顔つき。きっと、光いっぱいの笑顔でこの言葉を送ってくれたんだろう。返事を送ってから、仁羽に向けて「これから来るって」と報告して、ついでに続ける。
「一応遠山にも"駅前のミスドにいる"ってメールしたんだけど、今の所返事がない」
「遠山だからな」
 仁羽の簡潔な言葉以上に的確な答えはないと思う。俺だって、一応メールはしたけどたぶんすぐには返って来ないだろうなぁとは思ってた。最初の一通目から反応はないし、むしろ、二、三日後とかだろうと返ってきたらいい方かもしれない。
「まあ、遠山は家近いから、遅くに気づいても平気だろうとは思うけど」
 山の方に家がある成島と違って、遠山の家はこの辺だ。思い立って出て来たって、たぶん成島より早く着く。仁羽は俺の言葉に「家の位置まで把握してんのかよ」とつぶやく。
「別に住所までは知らないからな。ぼんやり、話の流れとかそういうので知ってるだけだからな!」
 ストーカーみたいに思われたら困る、と訴えると、仁羽が「思わねぇよ」と笑った。何だか少し呆れるような、だけど見下すようなものじゃない、ほんのりとやわらかな呆れ顔だった。
「にしても、遠山だぞ。携帯見ないで暮らしてても俺は驚かねぇ」
「あー……まあ、それは確かに」
 全く携帯を見ないで過ごす、なんて俺には出来ないけど、遠山だったらあり得る話だ。それこそ休みの間中、全然携帯を触らないでいることなんて簡単にやってのけそう。どうしよう。このままだと、成島が来ても遠山がいないなんてことになりかねない。
 さてどうしたらいいんだろう、と思っていたら携帯電話がメールの受信を知らせた。遠山かな、と思ったら成島で、今家出たからね、と記されている。ちゃんと行動を知らせてくれる辺り、成島は結構マメだし気が利くんだと思う。「気をつけて、急ぎすぎないようになー、ちゃんと待ってるから」と書いてから、ふと思いついて現状を付け加えてみる。駅前のミスドに仁羽といるんだけど、遠山と全然連絡取れないんだけど、どうしようって。
 やっぱりすぐに返事が来て、成島はあっけらかんと告げていた。絵文字でいっぱいのかわいらしい文面で、力強く真っ直ぐと、何の不思議もないって感じで。連絡が取れないなら。来られるかどうかわからないなら。
「"迎えに行っちゃえばいいんじゃない?"だって」
 成島らしいなぁ、と思いながら笑って言うと、仁羽は目を瞬かせた。そんなこと考えてなかった、て顔だ。俺だって、全然連絡が取れない相手がいたって、それなら「迎えに行こう」という結論にはならないと思う。さすがは成島、いつだってぶれないで真っ先に行動する。
 それは成島のすごい所だな、と思う。俺はいつだって躊躇ってしまって、思いついたって行動出来ないのに、成島はそれを飛び越える。軽やかに、羽でも生えてるみたいに、ふんわりと。しみじみすごいなぁと思っていたから、仁羽の変化にすぐには気づかなかった。何だかやけに難しそうな顔をして、しきりに考え込んでいるような、そんな顔に。
「仁羽?」
 どうした? とひらひら目の前で手を振ると、我に返った、みたいな顔で名前を呼ばれた。それから重々しい口調で尋ねる。
「お前、遠山の家知ってんのか」
「へ?」
「具体的に遠山の家の場所知ってんのかって聞いてんだよ」
「いや具体的には知らないけど……ってええ、仁羽何、マジで迎えに行く気?」
「来ねぇんならこっちから行けばいいんだろ。こうなったら意地でスイカ引き取らせる。大体、あいつの突拍子もない行動でいつも驚かされてるからな、たまにはこっちが驚かせてやる」
「いや待ってその理屈はおかしい。っていうか最後が本音だろ!」
「悪いか」
「隠す気もなかった!」
 とか何とか一通り言い合った後、改めて仁羽が遠山の家の場所を尋ねる。どうやら本当に行く気らしい。これは止めても無駄だな、という気持ちもあるにはある。だけど正直、仁羽の言葉に心が動いたというのも否定出来ない。確かに。確かに、俺たちが行ったら遠山はきっとびっくりする。「面倒くさいよ……」って言って来てくれないかもしれないけど、それでも、ちょっとくらいは楽しいサプライズにはなるかもしれない。
「……つっても、俺本当に住所とかは知らないんだよ。役場裏の事務所とかがあるあの辺だっていうのは知ってるんだけど」
「……事務所? あいつの家店とかやってんじゃねぇのか」
「お店じゃないよ。何か……法律関係っぽい事務所だった。弁護士じゃなくて」
 俺の言葉に、仁羽はしかめ面をして考え込んでから、ぽつりと言った。「司法書士事務所か?」その言葉に、思わずはっとした顔をしたのは、何かすごく聞き覚えがあったからだ。
「そうそう! そんな感じ! 何かそういう感じだった!」
 ぶんぶん首を上下に振ると、仁羽は何とも言えない顔をしていた。「遠山司法書士事務所なら場所知ってるぞ」と言うので、どうやら遠山の家かどうかは知らなかったけど存在自体は前から認識していたらしい。なんでそんな法律関係の事務所とか知ってるんだろう……と思ったけど、仁羽だからな、ということで納得しておいた。
「うん、まあ、違ってたら謝るってことで、一応行ってみる?」
「遠山なんつー名前であの辺にある事務所は一軒しかねぇよ」
 十中八九そこで正解だろう、ということらしい。そういうわけで、ひとまず成島に一通りの説明メールを送ってから、俺たちはミスドを出た。
**
 面倒くさいと断られるのが一番ありそう。その次は、そもそも起きてない可能性。万が一行くと言ったとしても、その結論に至るまでは相当揉めるだろうな、と思っていた。
 だけど、事務所兼自宅らしい「遠山司法書士事務所」を訪ねたら、普通に中に通されてソッコーで遠山本人と会えて、しかも事情を説明したらものすごい速さで「行く」と即答された。眠そうなそぶりは微塵もなく、今までで一番はきはきした返事を聞いた気がする。
 一体何事か、と仁羽と顔を見合わせてしまったのも仕方ないと思う。だってすごい乗り気だ。ものすごい乗り気だ。返事だって若干食い気味で「行く」とか言ってたくらいだし、そんなにスイカ好きだったんだろうか。それともこの休みの間に何かとんでもない変化でも起こったんだろうか。とか何とか考えてたんだけど、家を出る辺りで大体の事情がわかった。
 お邪魔しました、と挨拶をして家を出ようとしたら、居間の方から何かすごい泣き声が聞こえてきた。何事か、と思う仁羽と俺と違って、遠山は心底うんざりした、という顔をしている。こめかみを揉んでいるのは、たぶん頭が痛いからだ。すげえ貴重、こんなにはっきり感情出してる遠山ってめっちゃ貴重。……とか言ってる場合じゃなくて。
「えーと、あの、遠山、これは一体……?」
 何これ、という気持ちで尋ねたら、恐ろしく低い声で遠山が答えた。仁羽が地獄の底から這い出してくるような声だとしたら、遠山の場合は氷点下の冷たさで固められたみたいな声だった。
「…………妹」
 ぼそり、と吐き出された言葉に、もう一度泣き声に耳を澄ましてみる。扉で隔てられた向こう側、居間から聞こえてくる声。意味のない音の羅列なんだと思ってたけど、どうやらそうではなかったらしい。音程もばらばらで無茶苦茶ではあるけど、ぎりぎり「おにいちゃん」と言っているらしい。
 ついでに、お母さんのものらしい声も聞こえてきた。こっちはちゃんとした言葉になっているので、内容はよくわかる。一生懸命妹をなだめているみたいで、その内容は「お兄ちゃんはお友達とお出かけなの」「かおちゃんのこと置いていったんじゃないのよ」「また帰ってきたら遊んでくれるからね」「お兄ちゃんはいなくならないからね」「またかおちゃんと遊んでくれるよ」「お兄ちゃんはちゃんと帰って来るからね」……。
 聞こえてくる言葉はそういう種類のものばかりで、これってつまり、えーと、要するに。色々言いたいことはあったけど、重苦しい溜息を吐き出す遠山に促されるようにして、俺たちは家を出る。表に出ると遠山はほっとしたみたいで、いつも見ているような眠そうな顔になって、呑気にあくびなんてしている。だけど、こっちはそれ所じゃなかった。真っ先に口を開いたのは仁羽で、ものすごく感銘を受けたような顔で遠山に告げる。
「お前の妹……ものすごいお前のこと好きなんじゃねぇのか……」
 今までの遠山の話から、兄妹仲は良くないんだろうと思っていた。遠山が抱く複雑な感情を知っていたからこそ、妹もきっと同じように遠山に対して複雑な気持ちでいるんだろうなって。だけどさっきのあの状況から考えるとそんなことはなくて、むしろ正反対っぽい感じがする。
「うん……遠山のこと、大好きみたいだね」
 だからこそ、お兄ちゃんがいなくなることが我慢ならなくて泣き通しだったのだろう。小学校一年生にとって、大好きなお兄ちゃんがいなくなるのは耐えられないことなんだろうと思う。
 俺たちの言葉に、遠山は答えた。ものすごく眠そうな、どうでもよさそうな、だけど声の端々に波立った感情をにじませながら。
「そうだよ……? 俺のこと大好きだよ……?」
 若干やけくそのような響きで遠山は言い、さらに言葉を続ける。おかげで休みの間中、ずっと世話させられて相手させられてたんだよ……。買い物行くにも一緒だし、寝てたらもぐりこんでくるし、いつでもどこでもついてくるんだよ……。
 おだやかな声でゆったりとした口調ではあったけど、遠山がそれを喜んでいないことはよくわかった。だからこそ、俺たちの誘いに簡単にうなずいたことも。たぶん、家にいる限り妹はくっついて回るし、外へ行くにしても一緒についていきたい、と言われるんだろう。それを断るために、友達からの誘いうというのはとても都合がよかったに違いない。
「今まで全然……俺の所に来なかったのに……休み入ったらこうだよ……」
 訳が分からない、という顔をしているので、どうやら最近になって現在の状況になったらしい。ぽとぽとと落とされる言葉によると、あの夏祭りの夜、零時を回って家に帰って朝起きてから、妹がべったりとまとわりついて離れなくなった、と言う。
「ちょっとでもいなくなると探されるし……親も何か目の届く所にいろって言うし……」
 今年の夏休みは何か変なんだよね……と、不思議そうに遠山は言うけど。それはつまり、この前のあれこれで、遠山を大切に思う気持ちに家族のみんなが気づいたから、とかだったらいいなぁと思う。だからこそ、遠山がいなくならないようにつなぎとめておきたいのかなって。まあ、遠山本人は嬉しくないみたいだけど。
「人が来たら親が相手してくれるなんて……今日知ったよ……」
 もっと前からそうすればよかった、携帯いじられて面倒だったから電源切っといたけど、今度から誰か呼ぼうかな……とか言っている。それから、思い出したようにこっちを見ると、薄ら笑みを浮かべた。あんまり爽やかじゃない、黒い感じの。
「とりあえず、仁羽には貸しが出来たよね……?」
 スイカ引き取ってあげるんだから、呼び出したら来てくれるよね……? と続いた言葉はお願いというより、命令という響きを帯びていた。もちろん仁羽は鼻で笑って、「てめえを連れ出してやったんだからむしろこっちの貸しだろ」と言っている。うん、何かすごく見慣れた光景だな。後は成島だけだなぁ、と思いながらポケットの携帯電話を取り出すと、丁度いいタイミングで成島からのメールを受信していた。