Note No.6

小説置場

夏の声 03

「僕も行きたかったよー!」
 ミスドの前で落ち合った成島は、一通りの話を聞いた後そう言った。僕も遠山の家に行ってみたかった、ねえメノウ様? と相変わらず胸元からのぞくメノウ様に語りかけている。心底残念そうな顔をしているので、「またその内機会があるよ」と慰めたけど、遠山は「別に……来ても楽しくないよ……?」と不思議そうだった。
「遠山の妹に会いたいもん。遠山のこと大好きなら、仲良くなれるよ!」
 きらきらした目をしてはっきり言い切ると、遠山は何度も目をしばたたかせている。無表情ではあるけど、面食らっているんだろう。仁羽はその様子を、何だかとても面白いものを見ているような、にやにやした顔つきで眺めている。
「今度は成島を呼んでやればいいんじゃねぇの? 喜んで駆けつけてくれるだろうよ」
「うん! 僕頑張って行くよ! メノウ様と一緒に!」
 ぎゅうっと拳を握りしめた成島はどこまでも真剣だった。成島がやると言うならやる人間だ、ということはよくわかっているので、偽りのない本心だろう。まあ、成島のことだから、「来てほしい」って言ったら本当にどこにいたって来てくれそうだ。いつだって、メノウ様と一緒に駆けつけてくれそう。
「その時は、ちゃんと園田と仁羽も連れてくからね!」
 きっぱりと、元気よく言い切る。成島にとっては、仁羽と俺もセット扱いらしくて、「四人一緒にいたら楽しいもんね!」とにこにこしている。少なくとも俺は反論する気もないし、そのための言葉も持っていない。仁羽と遠山も、何も言わないで成島の言葉を受け止めている。
 これで全員そろったということで、仰木(あおぎ)公園までの道を歩き出す。太陽がじりじりと照りつけていて、気温は順調に上がっているみたいなので、日陰を選んで歩いていく。成島はぴょこぴょこと跳ねるような足取りで、遠山はだるそうに、仁羽は結構きびきびした感じで。
 こんな風に歩いていたな、と思う。あの夜、月明かりの下で、誰もいない校舎の中を、四人で歩いていた。今はあの時と全然違って、昼間だし外だし道路だし、横並びってわけじゃない。だけど、それでも、こうして同じように歩いている。あの時みたいに、あの時と全然違う場所で、それでもやっぱり四人で歩いている。
「そーいえば、園田はもう外出て良くなったんだね?」
 少し前を歩いていた成島が、くるり、と振り返るとそんなことを言った。成島からは一回メールが来てたけど返せなくて、携帯が使えるようになってからその辺の事情を含めて返信したから、俺が外出禁止令を出されていたことは知っている。
「は? お前、なんでそんなことになってんだよ」
「監禁でもされてたの……?」
 仁羽と遠山が不審そうな顔をして、一体どういうことだ、と聞いて来るので答えようと思ったら、俺より先に成島が言った。あっけらかんと、朗らかに。
「終業式の日、行方不明だーって騒ぎになっちゃったでしょ? すっごく心配かけたし、大騒ぎになっちゃって色んな人に迷惑かけたから、罰として外出ちゃだめで、携帯も使っちゃだめだったんだよ」
 僕、連絡取れなくて心配したんだから、と言うので「ごめん」と謝ったら、「園田の所為じゃないよ」と笑顔で返された。愛想とかじゃなく、本気でそう思っているらしかった。
「……園田の家、厳しいんだね……」
 しみじみとした調子で遠山が感想を漏らし、「不可抗力だっつーのにな」と仁羽も続いた。成島も「ねー」と相槌を打っているけど、俺としてはまあ仕方ないかな、と思っているので、ちょっとその反応は意外だった。じわじわとした暑さを感じながら、不思議な気持ちでいると、成島が口を開く。
「僕は家の手伝いが増えたくらいだよ。怒られたけど。すっごく心配したんだから! って怒られたけど、たくさん手伝いするようにって言われたくらい」
「俺もそんなもんだな。ぐちぐち言われて面倒くせぇけど、そこまで引きずんねぇし。心配したっつー親戚連中全員に電話かけさせられたのは辟易したけどな」
 その時のことを思い出したのか、仁羽の苛立ちゲージが明らかに満タンになっていく。何というか、仁羽の親戚ってきっと仁羽とは相性悪いんだろうな……悪気はなくても。
「うちも別に……帰ったら泣いて怒られたけど……それだけだし……。妹がくっついて回るのと、親が面倒になったくらい……。そんなにはっきりした罰ってないよ……?」
 首を傾げて遠山は言うし、仁羽も成島も同意しているので、どうやら三人からすれば俺の処遇は結構不思議らしい。俺にとっては当然のことだったから何とも思ってなかったけど、改めて言われると新しい発見でもしたような気になる。そうか、別にこれが普通のことってわけじゃないんだな、と思って。
「それじゃあ、今日は園田が外に出ても良くなったってお祝いもしなくっちゃね!」
 いいことを思いついた、という顔をした成島が突然言った。いつもの通り早業で取り出したメノウ様を手に持ち、「ねえ、メノウ様もいい考えだって言ってるよ」と続ける。
「スイカももらえるし、スイカパーティーがいいよね」
 にこにこと、向日葵みたいな、太陽をいっぱい集めた笑顔で言い切る。スイカパーティーって何だろうな、とふと思っていると、遠山が「面白そうだね……」とか言い出していた。仁羽はと見れば、大賛成というわけではないらしいけど、黙っている時点で別に反対じゃないんだろう。成島は瞳にたくさんの輝きを溜めて、「スイカ割りとかする?」と誰にともなく尋ねている。
「ああ……いいよね、スイカ割り……うっかりで合法的に人を殴れるイベントだよね……」
「待て待て、何か不穏な発言が聞こえた」
 それは俺の知ってるスイカ割りと違う、と突っ込んだら遠山は薄らと笑った。大丈夫、園田じゃないから……とか言ってるけど、それを言ってる時点ですでに標的がいることを教えているような……。暑さの所為か、それとも別の理由か、汗がたらりと流れる。
「成島でもないからね……」
「要するに俺じゃねぇか」
「嫌だなぁ仁羽ってば……被害妄想だよ……」
「消去法で考えたら俺しかいねぇだろ」
「まあ、仁羽の頭ならスイカより堅そうだし……」
「せめて最後まで否定しろよ」
 テンポ良く言葉を投げ合う二人の声を何とはなしに聞いていると、成島に名前を呼ばれた。胸元にメノウ様を掲げて、ささやくような調子で、だけどはっきりと耳に残る声で。
「園田、大丈夫だった?」
「……何が?」
 何を指しての大丈夫なのかわからなくて聞き返すと、「寂しくなかった?」と笑った。しんとした、静かなのに、熱を灯すような笑み。それから、ひどくおだやかな調子で、とても丁寧な声で続ける。
「ひとりきりで部屋にいて、誰とも連絡取れなくて、外に出られなくて、園田が寂しかったんじゃないかって、心配だったんだよ」
 痛ましい響きは一つもなかった。哀れむ調子も、同情もない声で、ただ真っ直ぐと心配だった、と成島は言う。自分が悪かったんじゃないかって、自分が悪い子だったんじゃないかって思ってないかなって、心配だったんだよ。ねえ、メノウ様?
「……」
 咄嗟に言葉が見つからなくて、何を言えばいいかわからなかった。
 寂しくなかったか、と聞かれたなら寂しくなかった、と答えられる。だって俺は本当に、寂しいとは思わなかったから。ひとりきりでいることも、外に出られないことも、連絡を取れないことも、それは俺が悪かったからで、寂しいと思うようなことじゃないと思ってたから。だから、寂しくはなかったと答えられると、思ったんだけど。
「……寂しくなかったよ」
 ゆっくりと成島に返した言葉は嘘じゃないし、全くの本心だ。だけど、最初に思ったこととはわずかに意味が違っている。寂しかった? そんなことはなかったよ。
「成島が心配してくれたし。遠山は一緒に来てくれたし。仁羽はスイカくれるって言うし」
 今ここで、あの夜につながる人たちが、昼間の太陽の下で、あの時と同じように名前を呼んで、笑っていてくれるなら。同じ道を歩いて、同じ場所を目指していられるなら。もしかしたらあの時感じていたかもしれない寂しさとか、そういうものは全部、消してしまえる気がするんだ。心の中に溜まっていたものとか、よどんでいたものとか、そういうものはきれいになくなってしまう気がするんだ。こんな言葉でいいのか、答えとして合っているかはわからないけど、本当にそう思う。
 成島は俺の答えに「そっかー」とうなずいて、「それならよかった!」とメノウ様に報告している。深く理由を問うこともなく、何かの根拠を求めるのでもなく、当たり前のように受け取って、前から知ってたみたいな顔で納得してくれている。
「じゃあ、やっぱりお祝いしないとね!」
「……何の?」
「園田が寂しくなくてよかったねってお祝い」
 あっけらかんと言い放たれて、思わず笑ってしまう。どんな答えだったとしても、きっと成島は「お祝いしよう」と言うんだろう。どんな時も、小さなお祝いの種を見つけて、いっぱいに咲かせてくれるんだろう。それがたぶん、成島なのだ。
「ねえねえ、それじゃスイカ割り以外に何があったらいいかなぁ?」
 何だかんだとやりあっていた仁羽と遠山に向けて、今までのやり取りを一切無視した成島が問いを投げる。やっぱりスイカ料理が必要かな、だけどスイカ料理って何があるのかな、デザートくらいしか思いつかないよね、とか。
「俺もデザートくらいしか思いつかないなー。何か、スイカをくりぬいて、皮ごとボウルみたいにするフルーツポンチとか見たことあるよ」
 一応、というわけでアイディアを出してみたら、「わー、何か面白そう」と成島がうなずいている。それから涼しそうだしねぇ、と続けるので、心からうなずく。うん、何かフルーツポンチって涼しそう。想像だけでも涼しくなりたい。
「……スイカ料理っていうと……何か……焼きスイカっていうのが……あるらしいよ……?」
 ぼそぼそと言う遠山曰く、普通に野菜を焼くのと同じ感じでスイカを焼く料理があるらしい。うん、まあ、食材なわけだし焼こうと思えば焼けるわけだし、それはそれであり……なのか?
 ううん、と考え込んでいたら、成島が仁羽に「仁羽は何かないの? 好きなもの」と尋ねていた。仁羽は一瞬空を見つめた後、わりとあっさり答えた。
「スイカジュース」
 当然、て感じの顔で答えてるけど、スイカジュースってどんなんだっけ? と思った。あんまり飲んだことないっていうか、そもそも見たことがあんまりないような……。思っていたら、「スーパーで売ってるの……飲んだことあるけど……」と前置きして、遠山が言う。
「……溶けたスイカバーみたいな味しかしなかったよ……?」
 眉をしかめた遠山が、「あれが美味しいって仁羽の味覚おかしいんじゃない……?」とぶつくさつぶやくと、仁羽が鼻で笑った。曰く、遠山が飲んだのは工場で作られた大量生産品で美味しくないのは当然、その場で加工する店(フレッシュジュース屋さんみたいな)で作るのは美味しいらしい。
「飲んだことないなー」
「ないよねぇ」
 成島と首を傾げていると、遠山もうなずいている。フレッシュジュース屋でジュースとか飲まないし。飲むとしてもスイカは選ばない気がする。まあ、今だとこの暑さがあるから、切実にジュースとかよりスポーツ飲料飲みたい。
「あ、じゃあ作ってみよう!」
 いいことを思いついた! という顔で言うのは成島で、もちろん手のひらのメノウ様も乗り気だった。俺だってその提案は面白そうだったから、「いいじゃん」と同意する。ジュースなんて作ったことないから、楽しそう。
「……まあ、スイカならすぐジュースになりそうだしね……」
 水分いっぱいだから……とうにゃうにゃ遠山も言っているので、反対ではないんだろう。でも、スイカジュースってどうやって作るんだろうな、まさかミキサーかけるだけじゃないよな、と思ったので聞いてみる。
「ねえ仁羽、スイカジュースってどうやって作んの?」
「知るかよ」
 ばっさり切り捨てられたけど、スイカに砂糖でも混ぜてミキサーかければいいんじゃねぇの、と付け加えてくれる辺り、わりと仁羽はやさしい。
「そっか、ミキサーかー。お母さんが持ってると思うんだよね」
 何やら成島は、本格的にスイカパーティーの計画を立て始めているらしい。本当に成島はやることが早いというか行動派だ。遠山も遠山で、「スイカたくさんあるなら……場所も必要だね……」とか言っているし、段々とスイカパーティーが具体的になっていく。
「……本気でやるつもりかよ」
 あれこれと場所やら必要なものやらを並べ立て始める遠山と成島に、仁羽がぼそりと言葉を落とす。うんざりしているようにも、嫌そうに言っているように聞こえなくもなかったけど、たぶんそうじゃないんだろう。だって、呆れてるような顔はしてるけど、怒ってるわけじゃない。眉をしかめているけど、止めさせようとしてるわけじゃない。
「仁羽からせっかくたくさんスイカもらえるんだし、すっげえ楽しんじゃってもいいんじゃない?」
 夏休みなんだし、と付け足しながら、そうだな、と思う。そうだ、夏休みは始まったばっかりなんだ。やらなきゃいけないこともあるし、どうせまた学校だって始まるけど。それまでの夏休みを、目いっぱいに、思う存分楽しんだっていいんだ。いつか終わる時間だって、今この瞬間を、力いっぱい楽しむことは、全然悪いことじゃないはずだ。
 仁羽は俺の言葉に肩をすくめて、少しだけ笑ったみたいだった。見つけにくいけど確かに刻まれた、はっきりとした微笑み。それはたぶん、わかりにくいだけで何よりも確かな、仁羽からの答えなんだろう。
「それじゃテメエら、さっさと歩けよ。あいつ、もうすぐ着く時間だからな」
 思考を切り替えた仁羽がはきはきと告げる言葉によると、親戚の人はそろそろ仰木公園に到着するらしい。マジで、待たせちゃうじゃん、と思ったけど仁羽は別に気にしていないみたいだ。むしろ「待たせとけばいいんだよ」とか言っている。
「ええ、でもスイカくれる人なんだよね? 待たせたらだめだよ!」
 メノウ様もそう言ってるよ、と言う成島に向けて、仁羽は「別にあいつが作ったわけじゃねぇよ」と答えてるけど、あんまり意味はないみたいだった。成島はメノウ様を握りしめて「スイカパーティーの大事な主役だもん! 早く迎えに行かなくちゃ!」と決意を固めている。何か、これから成島が何をするかわかる気がするなーと思っていたら、遠山がつぶやいた。
「……嫌な予感がするんだけど……」
「ああ、遠山も? 俺も何となくそんな感じが」
 ははは、と乾いた笑みで答えると、眉をしかめた仁羽が「仰木公園まで距離が近いのだけが救いだな」と独り言みたいに言っているので、仁羽も大体わかっているんだろう。これから成島が何をするかってことは大体。
「それじゃあ、走って行かなくちゃ!」
 案の定、やる気に満ち溢れた成島が、メノウ様を握りしめて走り出すので。こうなったらどうすればいいかなんて、答えは一つしかない。
「成島お前、俺の親戚がどいつかなんてわかんねぇだろうが!」
「スイカ持ってそうな人でしょ、大丈夫ー!」
 全然大丈夫じゃない答えを残して、成島が走って行く。仁羽は一つ舌打ちをした後、「いいか園田、遠山を意地でも引きずって来い。絶対にだ」ときっぱり言って追いかけていった。二人とも結構足速いなぁとか思いながらその背を見送りかけるけど、まあ俺たちも行かなくちゃいけないわけで。
 太陽の下、ただでさえ暑いのに余計に暑くなることをやるなんて、本当に馬鹿でしかないのに。それでも結局俺たちは、その馬鹿なことを選んじゃうんだよなぁ。なんてことを思いながら、俺は遠山に「行こう」と声をかける。

 

夏の声 終