Note No.6

小説置場

星を詠むひと

 

 さあ、両手を広げて僕を抱きしめてよ。

 

 こんにちは。それともおはようかな、こんばんはかな。もしかして、おやすみなさいだったりする? 眠る前ならごめんだけど、少し僕の話を聞いてほしい。夢の世界に入るまでの寝物語で構わないからさ、僕の話を少しのあいだ聞いていて。
 あのね、僕はずっと、長い間ずっと、君と出会えるのを楽しみにしていたんだよ。君の前に現れる日を、今か今かと待ち続けていたんだよ。不思議に思う? そうだね、僕と君ははじめましてだものね。会ったこともない、顔も知らない僕たちなのに、出会う日を待っていたなんて嘘みたいな話だよね。だけど本当なんだ。僕にとってはただ一つ、これだけは確かなほんとうなんだ。
 君に会いたかった。ずっとずっと、君に会いたくてたまらなかった。
 やりたいことは山ほどある。君にしてあげたいことも、君としたいことも、両手じゃ抱えきれないくらいあるんだ。
 つややかな黒い目をのぞきこんで「きれいだね」って言って、ほっぺたをつついてくすくす笑うよ。鼻の頭をちょんってつまんで悪戯してみるんだ。そしたら君はどうするだろう。びっくりして声も出ないかな。それとも「もう」なんて言って怒るかな。あざやかに色づいた声で、僕のことを怒ったりする? ちょっと痛くて涙が出てしまったら、「ごめんね」って謝って目じりにキスをするよ。君の涙はみんな僕が受け止めるからね。
 そうだ、君を今日も生かす心臓に祝福もしなくちゃ。止めてしまいたいと願った夜も、変わらず鼓動を刻み続けることに絶望した朝も。すべてを乗り越えて今日も君を生かす心臓に、心からの敬意と祝福を送るよ。君を生かしてくれた、僕と出会うまで命をつないでくれた、君の心臓に賛辞とこの上もない幸いを。
 ねえ、だって僕は君に会いたかった。君とこうして出会いたかった。そのためには、君が生きていてくれなくちゃ駄目だった。だからね、僕は本当に心から感謝してるんだよ。
 君の心臓が動いていてくれてよかった。
 君の瞳が今日も美しいものを見ようとしてくれてよかった。
 君の指先が世界とつながることを選んでいてくれてよかった。
 君の足が君を運んでどこへだって行けることを覚えていてくれてよかった。
 君が。
 君が、死なないでいてくれてよかった。
 不思議そうな顔をしているね。どうしてって、聞きたい? 何で僕がそう思うのかって、聞きたい? いいよ。答えを教えてあげる。だけど笑わないでね。笑わないで、僕の話を聞いてね。
 簡単なことだよ。だって僕は、君の心に生まれたんだもの。
 君の心に生まれた、形にすらならなかったものたちは、君の知らない所でひっそりと息づいていたんだよ。そうして、君と出会える日を待っていた。小さな、本当に小さな、何の形も意味も名前も持たなかった頃から。君の心で生まれた僕たちは、君と出会える日だけを、ずっと待っていたんだ。
 だからね、お願いがあるんだ。
 他にはなんにも望まない。他にはなんにも要らない。これだけ、たった一つだけ叶えてほしい。それだけでいい。それだけで、僕たちは百年先だって生きていける。
 お願いはなあに、って君は聞く。そうだね。ここまで話したら、答えを言ってしまわないといけないよね。わかってる。あのね、笑わないで聞いてくれる? 大層なことじゃないんだ。些細なことなんだ。だけど、とても大事なこと。君にお願いしたい、ただ一つのこと。それはね。
 僕のことを抱きしめてほしいんだ。
 両手を広げて。目いっぱいに腕を広げて。そうして僕を受け止めて、力の限りに抱きしめてほしい。
 そしたら僕は、千年だって生きていける。生きていけるんだ。
 どうしてって、思う? たったそれだけでいいのって。いいんだ。だって僕は君の心だから。君の心に生まれたから。何一つ持っていなかった僕に、名前と意味と形と、ありったけの願いと幸いをくれたから。あとはもう、君の体温だけでいい。君の温みさえあれば、それが僕にとっての血肉だ。
 だからね、お願いだよ。
 君の体温をちょうだい。君からもらった名前と形と意味を持った僕に、確かな体を与えて。そうしたら僕は、いつだって君の傍にいられるんだ。だからね、どうかお願い。

 

(ものがたりをつむぐひとよ)