Note No.6

小説置場

暗闇に生まれた

「明日は光で希望だなんて、どうして思えるのかしら」
 ぽとり、と落とされた言葉がじわじわと広がっていく。蝶子は息を殺して、目の前にいるであろう人間の気配を探る。
 衣擦れの音がして、同時に甘い匂いがふわり、と舞った。匂い袋でも持っているのか、それとも香水の類か。とにかく彼女からはいつだってこの匂いがしていた。問うても微笑むだけで答えはなしが、むせ返るほどの甘い匂いは、まさしく彼女の象徴だ。
 空気までも染め上げてしまいそうな強い匂いに、眩みそうになる。その隙に間を詰めたのか、目前の空気が変わっていた。もう一人分の呼吸音がすぐそばで聞こえる。
「蝶子、あなたは不思議に思わない?」
 言うと、そっと手を重ねてくる。しとやかな肌は陶器のようではあったが、確かに熱を持っている。じっとりとした温みが伝わる。問いかけの形をしているものの、返す言葉は一つしかないことを蝶子は知っていた。
「……そうね、とても不思議だわ」
 注意深く答えると手に力が込められる。細い指が蔦のようにからみつく。
「やっぱり蝶子はわかっているわ」
 鈴を鳴らすような声で笑う。恐らく真紅の唇はくっきりと弧を描いているのだろう、と蝶子は思う。彼女は、ころころと楽しげな声で言葉をつなげる。
「きっと私たちは、暗闇に生まれたに違いないわね」
 だからこんなに、明日に対する意識が違うのよ。蝶子は涼やかな言葉に耳を傾けながら、言った。台本に書かれた決まりきった台詞のように。
「だから、暗闇に帰りたいのね」
 悲鳴に似た喚声をあげると、その通りだわ! と叫ぶ。蝶子の頬をそっと撫でる。何度も何度も、何かを刷り込むように撫で続ける。
「蝶子。あなたは本当に素敵。他の人間とは全然違う」
 うっとりとした響きを持ったまま、頬にあてていた手を瞳へと滑らせた。やわらかな白い包帯の下にある、二つの瞳へ圧力をかける。
「だから、ずっと二人でここにいましょうね」
 何も見えない、真っ暗な世界に。