Note No.6

小説置場

2016-07-23から1日間の記事一覧

君を幸ふ

横たわったお前の傍に座った。手を取り、そっと握った。握り返してはこなかったけれど、うっすら目を開く。血の気が失せて白くなった顔の中、潤んだ瞳は黒く光り、場違いにあざやかだ。「……泣いてる……?」 小さくか細い声がよろよろと紡がれる。いつもなら思…

「有事の際には我らも一枚岩になるなどというのは幻想だ!」 背筋を真っ直ぐ伸ばした隊長が、軍靴を高らかに鳴らして扉を開けると、きっぱりと言った。直立不動の僕たちは、後ろに手を組んだまま、隊長を見つめる。隊長は相変わらず不適な笑みを浮かべたまま…

まなみと梨沙子

まなみと梨沙子の出会いは遅い。まなみは生まれた時からここに住んでいるので、もちろん地元の旧家である栖斐(すい)家のことは知っていた。年が同じ女の子と男の子、双子の姉弟がいることも、当然耳に入ってくる。しかし、噂話で耳にすることと、実際に出…

緑陰の庭

一直線に続く塀と並行して歩くと、切れ間が現れる。一区画が丸ごと敷地になっているこのお屋敷の、正面玄関である。太い樹木が橋渡しされ、その上には立派な瓦屋根。重厚な門構えの隣には、まな板くらいの大きさの石材が掲げられている。刻まれた文字は随分…

サンシャインデイズ

太陽が容赦なく照りつけている。まだ夏には早いはずだが、アスファルトは充分に熱を持ち、辺りの気温を底上げしていた。熱せられたフライパンの上というヤツはこんな風かもしれない、と自転車を漕ぐ郁郎は考える。まだ今なら、精々余熱という所だろうが、本…

さやに

パーティー会場は水を打ったように静まり返っている。いつかこうなるとは思っていたが、それにしたってどうして今回なんだろう。まったく、初音の記念すべき社交界デビューだったのに。 内心歯噛みしたい衝動に駆られるが、もちろん顔には出さない。自分の表…

明日にサヨウナラ

穂高はつくづく変なヤツだった。いつだって自分の世界の中で生きていて、誰かの言いなりになるのなんて真っ平だって言い張っていた。かといって、頑固って訳でもなくて、いろんな人間とつるんでたし、それが許されるようなやつだった。「だからってそれはど…

無題

きっと僕はとっくに知っていた。 悲しいような気もしたし、笑えるような気分でもあった。僕にはもう自分の感情さえわからないらしい。「……はは」 暗い部屋に、乾ききって干からびた笑みが落ちる。本当に笑っているのかどうかさえわからないけど、たぶんこれ…

うつくしいもの

泥だらけで、涙でぐちゃぐちゃの君を、世界で一番綺麗だと思ったんだ。 「だってさ」 鼻を鳴らしながら、君はつぶやく。滲んだ言葉が鼓膜を打った。吐き出された息が耳元にかかる。あたたかくて、くすぐったい。「逃げるな、立ち向かえって言うけど、そんな…

ナイト・ワルツ

部屋に響くのは、カタカタと鳴るキーボードの音だけだ。幸い明日の予定はないから、それなりに夜更かしをしても問題ない。まあ、きちんとした生活リズムを保っている方がいいんだろうし、我ながら体力がないという自覚もあるのだから、あまり無理をするべき…

夜を越える

怖い夢を見た。 はっきりとした形はないけれど、燃えかすみたいに残ったものが、ふわふわと漂っている気がするんだ。くっついたら離れなくて、蝕まれていくみたい。覚えてなんかいないのに、怖いことだけはっきりしている。何が怖いのかすらわからないのに、…

Call your name

君の名前を呼ぶ夢を見た。 廊下をすれ違う。ちょっとだけ顔見知り、でもたったそれだけのあの子は、軽く頭を下げる。俺は今しがた気づいたみたいな顔をして、のったりと首を動かした。 それでおしまい。あの子はすぐさま、隣にいた友人へと視線を向ける。俺…

いつか僕は死んでしまうだろう。 酷く綺麗な顔で、あなたは笑った。きらきら、と降り注ぐ光が全部あなたに集まっているみたいだった。だから私はまぶしくて、目を眇めてあなたを見ていた。そうしたら、あなたはやはり笑って、おっとりとした声で「まぶしいの…

だって何も残らない

夢を見ていた気がする。ずっと、ずっと深く、長い夢を。 目が覚めた時に見えたのは、薄暗い板張りの天井。まだ日は昇っていないらしく、部屋中に暗闇が残っている。手探りで目覚まし時計を探したけれど、中々見つからなくて諦めた。(ゆめを、) ぼんやりと…

いのちのうた

とても不思議でならないことがあるのです。 ブランコを漕いでいる。きいきいと軋む音だけが響いていて、誰もいない公園はひっそりとしていた。四月になったとは言っても、夕暮れはまだ肌寒い。もう少し厚着をしてくればよかったかなぁ、と思わないわけでもな…

つなぐ

駅前のコーヒーチェーン店に入って、ココアを頼んだ。相変わらずコーヒーは苦くて飲めない。大人になったらきっとコーヒーなんて簡単に飲めると思っていたのに、そんなことはなかった。未だに好きなのはオレンジジュースとかココアで、要するに甘いものだ。…

立っている

何もかもを恨んでしまえたら楽だったのに、と知っていた。 中々来ない電車をホームで待ちながら、ぼんやりと考えている。しっかりと整列乗車すべく指示された位置に立つ。随分前に高架になったホームからは、駅前の様子が見えている。大きな広告の隙間から見…

それですべて

手のひらからはみんなこぼれていってしまったから、もうここには何もないのです。掴んでいたと思っていたはずのものは、みんな消えてしまいました。全部わたしの手の中からなくなってしまったんです。「それですべて?」 そうです。わたしには何もないのです…